第二項 段違いセレブ鬼龍院百々花

 生徒会長が用意してくれた車はリムジンのメチャメチャ大きい版で、本当にベッドが2つ置かれていた。


 それはもう1、2、3、グゥと某日本を代表するアニメのキャラクターのように眠れそうな、もっと言えば永眠できそうなの超高級なボッドで、こんな小者の私が寝ていいのかと躊躇するくらいだった。

 

 反して隣でリムジンを見るや否や、キャッキャ無邪気にはしゃぎまくる理亞ちゃん。

 

「すっげー! これリンカーンっすか? 僕、大体の車種は把握しているつもりだったんすけど、こんなバカデカい高級車見たことないっすよ!」

「ふふっ。見たことないのも当然ですわ。この車は鬼龍院が特別発注した救急用の車なのですから。」


「え、ちょっ、待って? 特別発注ってオーダーメイドってことすよね。リムジンのオーダーメイドとかあるんすか? ちな、これおいくら万円くらいするんすか?」

「まあ、具体的には把握しておりませんが、例えるなら高層マンション1棟分くらいですわね。まあ、緊急事態以外では使いませんけれども。」


 ……ぐはっ!

 高層マンション1棟って、おいくらですのん?


 きっと、億どころじゃないですよね。億どころなんて表現を使うと1億円がお安い風な感じになってますけれども、決して、決してそんな意味ではない。


 なんかもう金持ち以上に金持ちで、セレブのレベルが段違いだ。


 いやだって、車の天井も私が立って歩けるくらいには高いし、本当にベッド2つ置いてあるし、高級ソファーも設置されてて、Barっぽいカウンターだってある。


 言うて、置いてあるグラスだって、ワインだって、お高いんだろうなあ。だって、お高いワインって何百万円とかするんでしょ?

 

 いやもう凄いところを書き並べたらキリがない。

 

「ほら、由宇、何をキョロキョロしているのですか。早くベッドに横になりなさい。」

「あ、は、はい! ありがとうございます。」


 私は、恐縮しながらもベッドに座ってみる。

 

 ふわあ……

 みんなアレでしょ?

 病院に置いてあるベッドを想像しているでしょ?


 ふふふ。甘い甘い。違うんだなあ。

 ベッドフレームは桐なのかな……ごめん、適当なこと言った。高そうな木のフレームだ。


 マットレスもなんかね、座り心地がね、すごいの、ふんわりなの。まるで雲の上に居るみたいなの。これも高そう。

 

 うん。高そう。超高そう。怖くて値段が聞けないくらいには高そう。

 

「由宇っ!」

「ひゃあ、すみません!」


 相変わらず挙動不審で、中々横にならない様子の私を見かねて一喝する生徒会長。

 

 こええ。

 こええって。

 

 だってこんな高そうな布団に庶民の私が寝て良いものか、とか小心者の私は考えてしまう訳ですよ。

 

 仕方がない。

 これ以上怒られるのは嫌だから、私は掛布団をめくって……

 

 めくって。


 ……えっ?!

 かるっ!

 

 いや、むしろ重さないっすよ。ゼロカロリーですよ。違ったゼログラムですよゼロミリグラムですよ。


 マジ雲。

 雲でしかない。

 

 この学園コメディ小説が、異世界ファンタジー小説に取って変わってしまったのではないかと勘違いしてしまうくらいには軽い。

 

 かるっかるなのである。

 

 よっこいしょっと。

 掛布団の中に潜り込む。

 

 ぐはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!

 

 ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

 

 すみません。

 取り乱しました。

 

 ベッドに横になるだけで何文字使ってるんだって怒られそうだよね。

 

 だってだって、生まれて初めてなのですもの。

 

 こんなん初めて!

 初めてなのですよ。

 

 これ、思った通りだ。

 当然のように寝心地は格段に良くて、永眠するんじゃないかと思ったくらい。

 

 むしろもう死んでも良い。

 私、ベッドの中に埋もれてる。比喩では無く本当に埋もれているのだ。

 

 もう起き上がれない。

 そう、調子が悪くて起き上がれないのではなくて、快適すぎて起き上がれないんだ。

 

 いやもう一生病院につかないで頂きたい。

 そう思う程には快適だった。

 

 向こうの方では、理亞ちゃんと速水先輩がソファーに吸い込まれている。

 

「うっわー! なんこれ、なんこれ!」

「リクライニングソファーっちゅうヤツやな! たまらんわーっ! これ余裕で寝れるわ!」


 いや、あなた達、委員長の足を心配して連れ添ってきたのではないのですか?

 

 もう私たちの存在を忘れて、リムジンを満喫してますよね。むしろパーティ状態ですよね。


「せいとかいちょー! これ、飲み放題っすかあっ?!」

「ご自由にどうぞ。」


 ソファーに座っていたと思っていた理亞ちゃんは、いつの間にか大きい冷蔵庫を勝手に開けて、勝手に中を覗きこんでいる。

 

 まったく。

 どこかのファミレスのドリンクバーじゃないんだから、少しは遠慮しなさいよね。


 まあ、こんな機会なんて滅多に無いから仕方が無いか。


 と言うか、私の分も持って来てくれないかな。見た感じ高級素材を使ったお高そうなドリンクですよね。きっと、もう私の人生で2度と出会うことのないだろうドリンク達ですよね。


 でも、そんなことは言えるはずもない奥ゆかしい私。


「うっきゃー! うっめーーーっ!」

「流石は金持ちの姉ちゃんやな。これお持ち帰り確定やわ。」


 はあ……

 私の気も知らず、理亞ちゃんと速水先輩はごっくんごっくん高級ジュースを飲みまくる。


 ああ……

 いいなあ。


 だって運動会で一番頑張ったのは私よね?

 個人競技に全部出て、騎馬戦ではビキニを着せられて、リレーでも優勝して。はあ、ホント理不尽だなあ……言えないけれど。


 そして幸せな時間は、あっと言う間に過ぎるとは良く言ったもので、車は迅速にスムーズに病院に着いたのでした。残念ながら。

 

 って、車の中ってこと自体忘れてた。だって、車、ほとんど揺れなかったもん。


 普通にパーティールームに居るような感覚に陥っていた。

 

「ええーっ。もう着いちゃったのー?」

「しゃあないやん。ワイやって降りたくないんやが、はよ枯石を診てもらわなあかんがな。」


「えー。じゃあ、僕ここで待ってますっ!」

「風祭、そりゃあ気持ちは痛いほどわかるで。ワイだってしんどいねん。せやけどワシらは行かなあかん。輝く未来のためや。仕方があらへん。ほら、はよ行くで!」


「速水先輩! わかりました! 僕、行きます!!」

「ええ子や。ほな行こか。」


 漫才のようなやり取りをする速水先輩と理亞ちゃん。ボケの理亞ちゃんと、ツッコミの速水先輩。早くも、お笑いコンビが結成されたようだ。

 

 これから毎日、こんなやり取りを見ることになるのか。普通にウザいな。

 

 さて、私もベッドから起き上がらなくては、起き上がらなくて、は……くっ!

 

 無理だ。

 この快適な空間から、自ら出るなんて……私には出来ない!!

 

 起き上がろうとした身体がベッドに向けて再び吸い込まれる。

 

「由宇、何をしているのです? 早く行きますわよ?」

「あ、は、はい。」

 

 私の様子を小首を傾げて怪訝そうに眺める生徒会長。

 

「早くなさい。ほらっ。」

「あ、すみません。……って、って、ええ?!」


 私に衝撃的な出来事発生。

 

 緊急事態発生。

 

 エマージェンシーである。

 

 いやだって。


 だって……!

 

 なんと、そこには私の目の前に手を差し出す生徒会長の姿があったのだ。


 驚きでしょ?

 びっくりでしょ?

 

 だって、たった数時間前は、私からリレーのバトンを渡すのにSAT使って手を消毒させた人ですよ?

 

 それが、それなのに私に向かって手を差し出すなんてことありえるりますか?

 

 そりゃ噛みますよ。ありえるりますか?

 

 流行語大賞確定です。

 そりゃもうありえるりませんて。

 

 混乱して自分で何を言っているかわからないくらいには混乱していた私。


 混乱らんらん。

 いや、らんらんとか言って全然楽しくないけれども。ども。

 

 いや、これ夢かもしれない。

 だって初めて話した時は「子ネズミ」言われたのですよ?

 

 そんな、うん。

 ふっかふかのベッドで夢を見てるんだ私は。

 

 これが現実な訳が無い。

 

「どうしたのです? ほら。」


 ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!

 

 ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!


 大事なことだから2回あげました。2回悲鳴をあげました。

 

 まあ悲鳴をあげたのは心の中でだけれども。頑張って悲鳴を飲み込みましたよ。悲鳴は用法、容量を守ってお飲みください。言うてる場合か。

 

 いつまでもあわあわしている訳にはいかないので、やっとのことでココロを決める。

 

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

 ちゃんと上手く言えているかな。

 不審者みたいになってないかな。

 

 遠慮がちに生徒会長の手を握る私。


「なに赤くなってるのですか。まったく。」


 生徒会長は、苦笑いしながら私のことを「よいしょ。」と起こしてくれた。

 

 ――きゅん。

 

 なに?

 私ったら何をドキドキしているの?


 それになに?

 この白魚のような綺麗でしなやかな手は。

 

 人魚ですか?

 天使ですか?

 それとも女神ですか?


 私死んじゃったんですか?

 ちんちくりんな私の手とはエラい違いだ。並べたくない。


 そして私は、やっとのことでベッドから降りてリムジンの外に出たのだった。

 

 って。

 

「なんだここは……。」


 目前に広がる光景に驚きを隠さずにはいられない私なのだった。

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