第三項 私の目前に何が見えたと思う?

 さて、問題だお!

 

 ――私の目前に何が見えたと思う?

 

 なーんて合コンとかで、「俺いくつに見える?」とか言っちゃう超絶残念かまってちゃんボーイが頭に浮かんだ私。

 

 ――こう言う人、普通にメンドクサイヨネ。

 

 と言うことで、面倒くさがれるのは私もなので、そして、みんなに嫌われたくないので、とっとと正解を言うね。

 

 キミのことだいしゅきだお!

 

 ……あ、良いですか。

 こう言うのいいですか。


 なるほど。

 つまんないこと言ってないで、早く何が見えたか言えと。答えを言えと、そう仰いますか。

 

 なるほど。

 わかりました。


 じゃあ、その答え。

 じゃじゃん!

 

 そう、そこは、パラダイス。

 高級リゾートホテルのエントランス、まさにそれだった。


 エントランスに立っていたボーイさんが、生徒会長を見つけ恐縮した表情で深くお辞儀をした。

 

「ようこそ百々花様、お待ちしておりました。」

「ご苦労様。」


 生徒会長は、スンッとした表情で、委員長に肩を貸しながら、お辞儀するボーイさんの横を通り過ぎた。

 

「こんにちはー! お邪魔しまーす!」


 理亞ちゃん、友達の家に遊びに行ってるんじゃないんだから。


「くるしゅうないで。」

 

 速水先輩、それ誰目線?


「あ、えっと。お疲れ様です。」


 誰に対しても卑屈な気持ちを忘れない私。生まれついた能力としか思えない。


 チート能力:卑屈

 

 そんな能力いらなかった。

 高級ホテルの中に入ると、なんかもう色々とキラキラと輝いていた。


 ひっろ!

 大理石の床、高そうな名画、高そうなソファー、高そうな掛け時計、高そうな……あ、もういいですか、そうですか。


 なんかもう広すぎてウズウズして落ち着かない。

 私的には狭い部屋の隅っこが、一番精神的に落ち着くのだ。むしろ狭くないと平静を保てない。

 

 トイレの個室だって狭くて良いのだ。必要最小限の広さで良いのだ。無駄に広いトイレの個室って、たまにあるじゃない?


 あれ、本当に落ち着かなくない?

 無駄にキョロキョロしちゃって、この、何して良いかわからない感じね。


 否。

 やることは決まってるのですけれど。出すものは決まっているのですけれど。そんなんね、引っ込んじゃいますよ。あらゆるものが引っ込んじゃいますよ。

 

 ねー。わかる?

 私の気持ちわかってくれる?

 

 ねー。

 ねーねー。

 ねーねーねー。

 

 ……コホン。

 

 失礼しました。ウザかったですか。そうですか。

 拗らせ乙女みたいですみません。取り乱しました。

 

 で、そんなこんなで、こんな広いところに連れてこられても何をして良いかわからない。直立不動で大人しく目だけ眼球だけキョロキョロと動かす挙動不審な私。


「零様、整形外科はこちらですわ。」

「うむ。すまないな、百々花。」


 生徒会長は委員長のことをエスコートしながら、私たちの方に向き直り指図する。

 

「あなた達は、そこに座って零様の診察が終わるまで待っていなさい。」

「えっ、あっ、は、はい!」


 ……はっ!

 そうでした。そう言えば、ここは高級ホテルではなかったのでした。

 

 ここは、鬼龍院総合病院。

 院で韻を踏んでいるイケてる病院。ちぇけら。

 

 すみません。こんな状況でおちゃらけてすみません。だって、病院なんて雰囲気の欠片もないんだもんちぇけら。

 

「委員長大丈夫かなあ……」

「そんなん大丈夫に決まってるやろ。腐ってもカポエイラ日本一やぞ。」


「えっ?! 速水先輩、委員長がカポエイラ日本一って知ってたんですか?」

「もちのろんや。ワイの情報収集能力を舐めるんやないでっ!」


 何故かムキになってドヤ顔で威張る速水先輩。

 そんなところで威張らなくてもアナタは十分に凄いですから。いやマジで。陸上日本一じゃあないですか。

 

 胸を張る速水先輩を尻目に、妻の出産を待つ夫のように右へ左へ文字通り右往左往する理亞ちゃん。

 

「うーん。大丈夫かなあ。委員長ホントに大丈夫かなあ。」

「少しは落ち着けやっ! 大丈夫や言うとるやろ。」

「だってー、心配なんすよー。」


 ――ドドドドドドッ……!

 

 え、何?

 整形外科の方から、数人の看護師さんが尋常ではない様子で、私たちの目前を風のように走り去って行った。

 

 ――バタバタバタバタッ


 ――おい!

 ――そんなん後回しだ!

 ――緊急事態なんだよ!


 第二陣、おっさん達も必死な形相で電話をしながら走り去って行った。本来なら「院内は走らないでくださいね。」と言う立場の面々が、スプリンターの如く走り去って行った。


 って、今、看護師さん達が出てきたの委員長が入っていた診察室からだよねっ?!


 何事っ?!

 委員長、まさかの重傷?!

 

「え、なんすか? これ、ただ事じゃない感が満載っすよ! 委員長に何かあったんじゃないっすかっ……?」

「だ、大丈夫や! 枯石は不死身やっ! だ、大丈夫……や。たぶん。」


 全然大丈夫じゃない様子で尻すぼみになるわかりやすい速水先輩。

 

「ま、まさか委員長、思った以上に重傷とか?」

「縁起でもないこと言わないでよーっ! 由宇ちゃん、やーめーてーっ!」

「あ、ごめん。」


 私の言葉に、珍しく狼狽する理亞ちゃん。

 私の彼女に対するイメージは、いつも飄々ひょうひょうとしていて、いつもおちゃらけていて、何があっても動じない女の子。

 

 だけれど、今の理亞ちゃんは真逆と言って程に狼狽しまくりである。狼狽カーニバルなのである。狼狽フェスティバルなのである。

 

「大丈夫や。安心せぇ。」

「大丈夫のソースをくださいよぉ!」

「ソースは……濃い口が好みやな。」

「つまんねぇよ!」

「ごめんて。場をなごませたかっただけやねんて。」


 つ、つええ……

 今の理亞ちゃんつよつよやんか。無敵モード入っているやんか。速水先輩に噛みつく理亞ちゃんは、額に血管が浮き出ているのでは無いかと思うくらいには怒っていた。

 

 本当に珍しいこともあったものだ。

 

 だけれど、理亞ちゃんの気持ちもよくわかる。

 だって、看護師さんが一斉に何かに怯えたような必死な形相で走り去っていったのだ。

 

 だって、看護師さんとかって、患者がどんな病状でもとり乱さず沈着冷静に対処しそうじゃない?

 

 その振る舞いは白衣の天使たる由縁だと個人的に勝手に思っている。だがしかし、その白衣の天使たる看護師さんたちが必死な形相で走り去って行ったのだ。

 

 ただ事ではない。

 

 一体、委員長に何が……?

 

 なんかもう心臓がバクバクしてきた。

 何千億人に1人の重傷とか?

 

 とか言う聞いたことの無いような不治の病とか?

 

 ぱぴぶばる病、これは、私の脳内に舞い降りた不治の感染病で、実際は存在しないのだけれども。


 いや、もしかしたら存在するかもしれないよ!

 

 気になる人はググってみてね!

 ググって無駄で不毛な時間を過ごしてみてね!

 

 って、言うてる場合じゃなかった。

 

 ――ドドドドドドドッ!

 

 さっきとは反対の方向に、つまり診察室の方へ看護師さんが走っていく。

 

 あれ?

 ドクターかな。綺麗な女の人。

 1人だけ着ている白衣が違ったような。ちょっとフレアコートっぽいヤツ。

 

 って、通り過ぎて行った看護師さんの数がエラい増えてるじゃないかっ!

 

「うっわっ! なにあれ?! 委員長に何かあったんじゃないっすか?!」

「ななななななにを言うとるんや。か、枯石は不死身だと何度言ったらわかるるるんや!」

「速水先輩、わかりやすく噛みすぎっすよ!」

「そんな訳あるぁいっ!」


 速水撫子先輩は明らかに狼狽していた。噛んでいた。「あるぁい!」って。何語ですか。ですか。全然上手くないけれども。

 

 なんかスミマセン。

 読者の皆さんに無駄な時間を使わせている気しかしない。

 

 でも、読者の皆さんは最上級に暇……コホン。優しい人ばかりだから大丈夫だと思ってる。


 え、私何か余計な事言いました?

 きっと気のせいですよ。細かいことは気にしちゃいけません。メッ!

 

 それにしても、早く結果が知りたい。遅いなあ。

 

 ――ウィーン


 診察室の扉が開く。

 ちなみに診察室の扉は自動ドアになっている。

 

 いやいや、私のかかりつけの病院の診察室は自分でドアをあけるタイプの奴しかないですよ?

 

 むしろ、病院の入口だって手動ですよ?

 無駄に自動っすよ。人間ダメになってしまうくらいには自動ですよ。


 だって、トイレだって自動で便座の蓋があいたり閉まったりしていたするんですよ。どんだけハイソサエティなんですか。こんなんヒエラルキー上層部の巣窟じゃないですか。

 

「みんな、待たせたな。」

 

 そこには、松葉杖をついた委員長と生徒会長の姿があった。

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