第九項 苦しいのは今だけ。

「ゼェゼェゼェゼェ……」


 ――リア充爆ぜろ委員会、陸上部がもう目前です!

 ――陸上部が後ろを振り返る!


「な、なんでや?! お前の体力どないなっとんねん!」

「ゼェゼェゼェゼェ……」


 もうちょっと。

 もうちょっと。

 苦しいのは今だけ。

 吐きそうなのは今だけ。


 死にそうなのは、あと数秒だけ。


 もうちょっと。

 もうちょっとで、委員長を病院に行かせてあげられる。


 だから、委員長。

 もうちょっと、あともう少しだけ待っててください。


 みんなで一緒に病院に付き添いますから。勝って、皆で笑顔で病院に行きましょうね。


 リア充爆ぜろ委員会の皆で。


 ――残り30m!

 ――リア充爆ぜろ委員会っ!

 ――再び、再び、再び、陸上部に追いついた!


 私は勝たなきゃいけないんだ。

 いや、勝ちたいんだ。


 委員会の皆が喜んでくれたら、私は幸せだ。

 その幸せを掴むために私は勝たなきゃいけないんだ。


 理亞ちゃんは、いつでも私の人生の分岐点に立って手を引っ張ってくれる。引っ張る方向はメチャクチャだけれど、でも。


 結果、私にとっては幸せな方向に、手を引っ張ってくれているのだ。


 ――残り20m!

 ――リア充爆ぜろ委員会っ!

 ――陸上部と並んだっー!!


 変態だけど、優しくて、つよつよな委員長。


 私たちには厳しいけど、委員長のことを真っ直ぐ愛する生徒会長。


 そして、お気楽で無責任だけど、たくさんの出会いと幸せを私にくれる理亞ちゃん。


 ――残り10m!

 ――リア充爆ぜろ委員会、ついに陸上部を抜いたーっ!


「そ、そんなありえへんっ!」

「ハァハァ、ゼェゼェ……」


 大好きだ。


 私は、私は……

 リア充爆ぜろ委員会の皆が大好きだ。


 これからも、きっと今までも、私はリア充爆ぜろ委員会の皆と一緒に居たいのだ。


 ――ゴールッ!!

 ――リア充爆ぜろ委員会


 ――優勝おおおおおっ!!


「由宇ちゃんっ!」


 私がゴールテープを切ると同時に、私に向けて理亞ちゃんが正面から突っ込み飛びつき抱きしめた。


 ぐえっ!


 全くもう。

 もう私、立ってられないんだからね。


 少しは気を使ってよ。

 でも理亞ちゃんは、私の気持ちを汲み取ってくれていたらしい。


「いいよ。私が思いっきり由宇ちゃんのことを支えるから、遠慮無く寄りかかっていいよ。」

「理亞……ちゃん、イケメンだなあ……ハァハァ」


「よしよし、由宇ちゃん、よくやったよ。」

「だって、理亞、ちゃん、ハァハァ……あんなに……ハァハァ……走られ……たら、頑張らない訳……ハァハァ……いかない……じゃない。」

「えへへ。驚いたか。」


 ぽんぽんと私の頭を優しく叩く理亞ちゃん。

 まったく、こんな状況でもキュンとしちゃう私って本当にちょろい。


 そして、委員長が生徒会長に支えられながら、私の近くまで歩み寄る。


「良くやった、西園寺由宇。」

「いやいや、それより委員長……! 早く、病院に!」


 そうなのだ。

 早く、早く病院で診てもらわなきゃ。足の骨が折れてたら大変じゃ無いか。あの騎馬戦の死闘。足の負担は想像を絶する物だったに違いない。


 なのに、委員長は他人事のように笑うのだった。


「おいおい、一言目がそれか? 私の心配より自分の心配をしろ。あのペースは尋常じゃ無かったぞ。あはははっ」

「そんな他人事みたいにっ! 委員長だって最後、私のこと煽ってたじゃ無いですか!」

「そうだったか? 記憶に無いなあ。あはははっ。」


 もう、委員長ったらすっとぼけて酷いなあ。

 でも、こういう所も彼女の魅力の1つなんだよな。不思議と嫌悪感は沸かないのだ。


 隣で電話をしていた生徒会長、電話相手への指示出しが終わったのか、私に対して声を掛ける。


「今、車が来ますわ。車にベッドを2つ用意していますから、由宇も零様と一緒に乗りなさい。」


「え? 生徒会長、今、私のこと……」

「なんのことですのっ?!」


 私の聞き間違えで無ければ、いつも私のことを小娘とか、子ネズミとか言っていた生徒会長が、私のことを名前呼びしてくれた様な……気がする。


 気のせいかな。

 でも生徒会長の顔は真っ赤になっている。


 本当にわかりやすい人だ。

 真っ直ぐで純粋で美人、本当に羨ましい。


「はははっ……! これで百々花も西園寺由宇のことを認めたってことだ。」


 委員長の太鼓判。

 生徒会長から認められるとか、何だか背中の辺りがむずがゆい。


 そんな私たちのやり取りを見て、隣で理亞ちゃんが頬を膨らませて拗ねている。


「ずっる! 由宇ちゃん、ずっる!」

「何を仰います、理亞。アナタのアシストも認めておりますわ。」


「うわああああああああああああああああああああああああっ!! ぎゃあぎゃあぎゃあ、生徒会長が僕のことを理亞、理亞って! うあああああああぎゅわああああああああああっ!!」


 頭を抱えて絶叫する理亞ちゃん。

 意味不明な言語で、何かの怪獣の如く悲鳴をあげている。


 そんな理亞ちゃんの姿を見て、生徒会長は意地悪く微笑んだ。


「何か問題でもございますか? 問題ありそうなら小娘に戻しますけど。」

「ないっ! ないないないですっ! ありがたき幸せーーーっ! 名前呼び捨て大歓迎でございますう! ははーっ!」


 両手と頭を上げ下げして、大袈裟に振る舞う理亞ちゃん。調子が良いなあ。


 そんな姿を見て委員長は、ふふふっと満足気に微笑む。


「私も団結力が固くなって嬉しいぞ。」

「零様! 零様とは個人的に肉体的に団結を……きゃっ!」

「ふふふっもちろんだ。可愛い奴め。」

「零様……」


 もはや定番となっている委員長と生徒会長の百合百合シチュエーション。


「はいはい、イチャついてないで病院行きましょ? 早く委員長の足を診てもらわないと。」

「わわっ。理亞ちゃんがまたマトモなこと言ってる!」


 一体どうしたんだろ理亞ちゃん。

 まさか、委員長のこと本気で好きに……いや、まさかね。


「ちょっと、ええか?」


 突然背後から、陸上部速水先輩の声がした。


 そうだった。

 和やかな雰囲気で、すっかり忘れていたけれど、これは陸上部とリア充爆ぜろ委員会との勝負だったのだ。


 速水先輩が、リア充爆ぜろ委員会に入会?


 いやいやいやいや。

 まさか、まさかね。

 だって、速水先輩は、陸上部の、いや全日本のエースだよ?


 そんなことある訳がないのだ。


「なんだ? 速水撫子。」


 委員長は、何事も無かったかのように速水先輩に反応したのだった。

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