第八項 まあまあ足が速い巨乳ランナー
「ハァハァハァハァ……」
口から心臓が飛び出しそうだ。
こんなに真剣に走ったこと、子供の頃以来だな。
子供の時は何も考えずに、お父さんの背中を追いかけていた。ただただ楽しくて、嬉しくて。
そして走ることが大好きな私は、中学に入ってから陸上部に入った。早く走れたら、どんなに楽しいだろうってワクワクウキウキ入ったのだ。
中学で先輩や顧問の先生のアドバイスを素直に聞いて走っていたら、いつの間にか県大会上位に名を連ねてしまった。私は、ただ楽しく走ることが出来たら、それで良かったのに。
なのに知らない間に、中学陸上部のエースに祭り上げられて、走ることが楽しいから、義務に変わっていった。
クラウチングスタート時の胸の谷間を強調した写真を雑誌に載せられてしまうこともしばしばあった。
足の速い
私より足の速いランナーを差し置いて、足が
だから、嫌がらせを受けることも多かった。陸上よりも胸の大きさで人気を取る淫乱ランナーと言う触れ込みでSNS投稿されてしまうこともあった。
ただただ辛かった。
走れば走るほど私の望まない形で、私が注目されてしまう。
なのに校長から、先生から、我が校のために頑張ってくれと言われ、仕方なく走り続けていた。
知らないよ。そんなの。
我が校なんて知らないよ。
我が校のため……この言葉を聞いた瞬間、陸上は、かけっこは、楽しいことから義務に変わってしまったのだ。つまらない大人のプライドのために走らなければならない重圧。とても辛かった。
そして中学3年生になって、校長室に呼ばれ、校長先生から、慶蘭女子高等学校をスポーツ推薦で受けることを強く、半ば強制的に勧められ……いや、むしろ命令だったな。
陸上を始めとしたスポーツ強豪校の慶蘭女子高等学校……いわゆる慶女。慶女の陸上部に入って、日本一になって、我が中学の名を全国に広めてくれと。
慶女のスカウトを名乗る人からも名刺を貰って、「まだまだキミは伸びる。是非我が校に。」なんて調子の良いことを言われ続けた。
だから、我が校なんて知らないよ。
慶女なんて、どうでも良いよ。
私は、ただ楽しく走りたいだけなのに。
――リア充爆ぜろ委員会、スピードを上げた!
――優勝争いは、2チームに絞られたか?!
つまらない大人達の重圧に応えるのがイヤでイヤでイヤすぎて、慶女への入学を辞退することを決めた。
その時は。
いいよ。
私なんて近所の公立高校で十分だよ。
普通の女子高生としてJKライフを過ごすのだ。
そんな時。
「あー。由宇ちゃんが行くなら僕も慶女受けよっかな。」
頭の後ろで手を組みながら、理亞ちゃんは思いつきのように軽く呟いた。
「え、何言ってるの? 慶女の偏差値超高いんだよ?」
「あははっ! そんなん知ってるよー。でも何とかなるんじゃね?」
「えー。私、行くつもりないけど。」
「うっそ? 行こうよ! 由宇ちゃんと一緒に慶女に行けば、何か楽しいことが起きそうな予感がするんだ!」
今思うと笑えるな。
私は慶女に行く気なんて全くなかったのに、理亞ちゃんの方が行く気満々になっちゃってて。
そうなのだ。
理亞ちゃんが慶女に行きたいって言わなかったら、私は公立高校に行っていたことだろう。間違いなく。
でも、私は慶女を受けることを決めた。理亞ちゃんに流されているのを理解した上で。
だけれど、慶女に合格したとしても、陸上を続けるのは絶対にイヤだった。そこは譲れなかった。
だから、スポーツ推薦では無く、一般入試で慶蘭女子高等学校を受験することに決めたのだ。
半ば意地で。
正直、別に慶女なんて行きたくなかった。どうでも良かった。
陸上さえ辞められたら。
胸の形がもろ見えになるセパレートのユニフォーム。陸上では無く性的な目的で私の写真を撮る大人達。耐えられなかった。私の胸を強調した形でSNSへ次々と投稿される。
私が陸上を続ける限り、大人達が私のことを
だけれど理亞ちゃんの一言で変わったのだ。
――由宇ちゃんが行くなら僕も慶女受けよっかな。
この一言で。
私なんかと、このポンコツな私なんかと一緒の高校に行きたい。
そう言ってくれる友達が居る。
そう思うだけで嬉しかった。
素直に嬉しかった。
自分と一緒の高校に行きたいと言ってくれる友達がいる。
私は何て幸せなのだ。
当時は思ったものだ。
うん。当時は。
今は別として。
でも、スポーツ推薦で慶蘭女子に行くと言うことは、陸上を続けなければならないと言うこと。だから、慶蘭女子に行けという学校からの指示、そして、私の思い。
お互いの要望を叶えるために、半ば意地で、私は慶蘭女子をスポーツ推薦では無く、一般入試で受験したのだ。
偏差値が超高いお嬢様学校。
私のへっぽこ偏差値の判定はE。絶望的だった。
一般入試で受験すると言ったときの先生の顔、目が飛び出るくらいだった。
――お前じゃ無理だ。
キッパリと言い切られた。
わかってる。
そんなの自分自身が一番分かっている。
でも、でも。
その時の私は確信していた。
スポーツ推薦で慶蘭女子に行ったら、絶対に後悔することになると。
だから、私至上、死ぬほど勉強した。
文字通り寝る間も惜しんで勉強したのだ。
先生には、学校の期待通り慶蘭女子を受験するために、陸上は引退することをキッパリハッキリ伝えて。
だって、この中学から慶蘭女子に入学すること自体、実績がなかったのだから。
親は、私のことを応援してくれた。
――記念受験してきなさい。
――ダメだったら公立行けばいいじゃない。
って。
お母さんは、笑って言ったのだ。
自分の意思表示をすることが殆ど無い私。そんな私が、両親に思いをぶちまけたのだ。きっと親もびっくりしただろうな。
でも、実際、偏差値を上げるのは、かなり苦労した。まあ、それは理亞ちゃんも同じだと思うけれど。むしろ理亞ちゃんの方が、大変だったと思うけれど。
あの子は、やらないだけで、その気になったら何でも出来るんだ。
さっきの理亞ちゃんの走りを見て確信したよ。
私の人生の分岐点には、必ず理亞ちゃんが居る。理亞ちゃんが、私の手を引っ張ってくれるのだ。
――こっち行こうよ!
って。
元気よく。
私の手を引っ張るのだ。
――リア充爆ぜろ委員会、再び追いついた!
――残り100m!
その受験の時のことを考えたら、こんな苦しさなんて屁でも無い。
「ゼェゼェゼェゼェ……」
「こりゃ驚いたな。大したもんや。」
「ゼェゼェゼェゼェ……」
「西園寺、陸上部での活躍が楽しみやな。」
「ゼェゼェゼェゼェ……」
「でも400mは、そんな甘いもんやないで!」
――ななななななんと!
――陸上部、更に、更にスピードを上げた!
え、参ったな。
速水先輩、スゴすぎるわ。
どこに、そんな体力残っているのよ。
いやもう流石に無理だよ。
足が惰性で流れているのがわかる。
苦しい。
苦しい苦しい苦しい。
私、頑張ったよね。
速水先輩のこと、ここまで追い詰めたんだもん。
頑張ったよね。私。
もういいよね。
――残り80m!
――リア充爆ぜろ委員会、失速!
――ついにスタミナ切れか?!
頑張ったよね。私。
初挑戦の400mで、ここまで走れたら満足だよ。十分だよ。
うん。
やれることはやった。
悔いはない。
「西園寺由宇! 走れーっ! 諦めるなーっ!」
委員長?
生徒会長の肩を借りて立ち、私に声援を送っている。
いやいやいや、何してるんですか。病院行ってくださいよ。
最低でも保健室行ってくださいよ。
流石の私も呆れちゃいますよ。
どんだけ私に勝って欲しいんですか。
どんだけ委員会に残ってほしいんですか。
どんだけ私のことが好きなんですか。
まったく。
委員長は、本当に無茶言うなあ。
せっかく。
せっかく諦めたのに、
これじゃ。
このままじゃ。
このままじゃ。
悔いが残ってしまうじゃないか。
――残り50m!
――なななななんとっ!
――リア充爆ぜろ委員会、再びスピードを上げたーっ!
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