第七項 すごい理亞ちゃん。

 え?

 なに?

 別人?


 理亞ちゃんてば、目を離した隙に何か筋肉増強剤でも注入した?


 あの予選は何だったの?

 エア聖火ランナーは何だったの?


 と、言いたくなるくらいに、理亞ちゃんはグングンとスピードを上げていく。


 早すぎる。

 これ、スピード違反だ。

 おまわりさん出動案件だ。


 ……くらいには早い。


 おいおいおい。

 これ、やるんじゃない?

 やっちまうんじゃない?


 ――リア充爆ぜろ委員会、サッカー部を抜いたー!


 やっちまってるな。おい。


 すごい、理亞ちゃん。

 実は、足速かったん?


 今まで、そんな素振り見せてなかったのに。中学から一緒だったけれど、決して足が速い印象なんて全くなかった。むしろ、運動が苦手だと思っていた。


 なのに。


 ――リア充爆ぜろ委員会、バスケット部に喰らいついたーっ!


 こんなにも足が速かったなんて。


 ――リア充爆ぜろ委員会、バスケット部を抜いた!


 なんなんだこの娘。

 ただの僕っ娘じゃなかったのか。

 超足が速い僕っ娘だったのか。


 速水先輩も顎を撫でながら理亞ちゃんを眺める。


「ほーん……やるやないけ。せやかて、陸上部も負けてないで。」


 ――陸上部、速い!

 ――ラストスパートをかけ、2位以降を突き放す!


 バスケット部も抜いた理亞ちゃんだったけれど、流石に陸上部には敵わない。陸上部との差は、どんどん開いていく。


「ふんっ。お前さんらも健闘したほうやないか? 今走っているのは、陸上部、次世代のエースやからな。」

「理亞ちゃんだって、まだこれからです!」


 なんだろう、これ。理亞ちゃんが走る前は、信頼感なんて皆無だったのに、今は違う。


 理亞ちゃんは、このまま終わらない。

 この根拠の無い自信。


 まったく私も調子が良いよね。でも委員長は、理亞ちゃんが走る前から彼女の秘めたチカラを見抜いていたのかな。


「な、なにぃ?!」


 ――ビュンッ!


 理亞ちゃんの走る姿を見て、驚く速水先輩。


 ――リア充爆ぜろ委員会、ギアを上げた!


 そう、理亞ちゃんの走るスピードが、更に上がったのだ。


 残り100m。


 理亞ちゃんの走るスピードは、ラストスパートをかける陸上部を遥かに上回っていた。


 参ったな。

 あの理亞ちゃんに、ここまでやられたら、私は……


 私は、委員長から渡されたハチマキを締め直して、両頬をパチンと強く叩いた。簡単には負けてあげないんだからね。


 今までに無いほどに、私は闘志に満ちあふれていた。


 嫌々走っていた中学の頃とは違う。

 理亞ちゃんに、ここまでさせているんだ。アンカーの私が頑張らなくてどうする。


 絶対に勝つ。

 理亞ちゃんのために、生徒会長のために、そして……ケガを押してまで走ってくれた委員長のために。


 よし。

 私は、ローファーと靴下を脱ぎ捨てた。


 本気にならなきゃ。

 死ぬ気にならなきゃ、速水先輩に勝てない。タータントラックの冷たい感触が直接足に伝わってくる。


「西園寺、お先に行くで!」


 速水先輩は、前走者からスムーズに受け取り、颯爽と走って行った。


 理亞ちゃんは、陸上部に少し遅れて私の目前までやってきた。


「おっとーっ! 由宇ちゃん、何っ?! 何事っ?!」


 私を見て驚いた理亞ちゃんが、勢い余って私をて、慌ててザザザッと急ブレーキをかけ振り向いた。


 うん。言い間違いではない。

 今まさに、理亞ちゃんは私の上を飛び越えたのだ。


 ――リア充爆ぜろ委員会アンカー。

 ――何と! クラウチングスタートの体勢だっ!!


 そう。

 私は、両手を地面につき、クラウチングスタートの体勢を取っていたのだ。


「理亞ちゃん、バトンっ!!」

「えっ?! な、なんでよっ! なにやってんのさっ!」


「いいから早くっ!」

「わわわっ!」


 混乱している理亞ちゃんは、訳が分からないながらも私に向けてバトンを差し出した。


「ありがと。」


 右手を差し出して、理亞ちゃんからのバトンを宝物のように大事に受け取った。


 よし。いくぞ!


「だあっ!!」


 私は思いきり地面を蹴り上げて、低姿勢を保ったままスタートを切る。


 ――きたーーーっ!

 ――リア充爆ぜろ委員会ロケットスタートぉ!!


 今までに経験をことが無いくらいのスピード。私至上、最大のスピードが出ているに違いない。


 グングン加速していく。

 ペースなんて関係無い。


 私は勝たなければならない。


 勝たなければ。


 あのいつも呑気な理亞ちゃんが、本気を出したのだ。


 生徒会長だって、委員長のことが死ぬほど心配だったのに、委員長の思いを背に受けて見事に走りきったのだ。


 そして。

 足のケガをおしてまで、委員長は走ったのだ。足を引きずりながら、生徒会長にバトンを渡したのだ。


 皆、私を。

 私の勝利を信じてくれている。

 ここで、本気を出さなければ、いつ本気を出すというのだ。


 ここで負けたら私の女がすたるのだ。


 ペースなんて構っていられるか。


 相手は、日本を代表するほどのスプリンター。ハンデを貰っても勝てないくらいなのに、スタート時点から負けている。


 もう駆け引きなんて必要ない。

 思い切り走るだけだ。

 

 ――リア充爆ぜろ委員会、陸上部に追いついたー!


 私は、委員会の皆の思いを背負っている。


 みんなの笑顔を背負っている。


 後の事なんて知るもんか。


 血反吐ちへどを吐いたって走ってやる。


 ――リア充爆ぜろ委員会、陸上部の後ろについた!


「よう来たな。西園寺。」

「私は負けません。」


「わいに追いついたのは誉めてやるで。流石、わいが見込んだことだけはある。」

「まだまだ、これからです。」


 ――残り200m!


「そか。じゃあ、ほな遠慮なくギアを上げさせて貰うで!」


 ――陸上部、スパートをかけた!

 ――リア充爆ぜろ委員会を突き放しに掛かります!


 そうだよな。

 速水先輩、楽には勝たせてくれないよね。


 むしろ私のことを待っていた?


 流石余裕だね速水先輩。


 でも、私だって、速水先輩のこと楽に勝たせてあげないんだからね!


 ――陸上部、ぐんぐんスピードを上げてリア充爆ぜろ委員会を突き放します!

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