第六項 来るなっ!

 委員長が右足を押さえてうずくまった。

 もう1mmも動けない。そんな絶望的な空気さえ感じる。


「零様ぁ……っ!」


 第2走者の生徒会長は、悲鳴に近い声をあげて委員長の元へ駆け寄ろうと1歩を踏み出そうとした。


 当然だ。生徒会長は、リレーの第2走者以前に委員長の彼女なのだ。恋人のことを第一に考える。至極当然のことである。 


「来るなっ!」


 それでも委員長は、腕を伸ばし手のひらを向け、生徒会長のことを制したのだった。


 そうなのだ。

 テイクオーバーゾーンの外でバトンの受け渡しを行うと、その時点で失格になってしまう。だからきっと委員長は、生徒会長のことをかたくなに拒否したのだ。


 この執念たるや。

 足を引きずりながら、生徒会長のもとに歩み寄る委員長。


「零様……」


 生徒会長の瞳からは、ボロボロと涙が零れ落ちていく。それでも生徒会長は、涙を拭うこと無く委員長のことを真っ直ぐに見つめていた。見守っていた。


 ――リア充爆ぜろ委員会、陸上部に抜かれました。

 ――続いて、バスケットボール部、サッカー部、そして演劇部。

 ――次々と抜かれていきます。


 委員長のことを心配そうに横目に見ながらも、次々と抜いていく運動部。それでも委員長の目は、真っ直ぐに生徒会長の方へ向けられている。


 動かない足を無理矢理両手であげて、一歩ずつ歩みを進めていく。


 ゆっくりと、足を引きずりながら。


 もう少し。

 あと少し。


 そして、ようやく委員長は、涙をボロボロ流す生徒会長に辿り着いたのだった。


「頼んだぞ。百々花。」

「はいっ! 零様、お任せください!!」


 生徒会長は委員長の手を両手でぎゅっと握り、バトンを大事そうに受け取る。大事に大事にバトンを受け取ったのだ。


「零様の意志、無駄にはいたしません! でやあぁぁぁ!」


 生徒会長は、走った。


 必死に。

 

 委員長のために。


 生徒会長は走った。


 だがしかし生徒会長のランニングフォームは、相変わらず女子走りだった。


 だが。

 だが、早い!


 ――生徒会長、演劇部を抜きました!


 生徒会長本人をピンポイントで見る限り、とてもスピード感は感じられない。けれど不思議なことに生徒会長は、演劇部を抜き、そしてサッカー部との差も、どんどん縮まっていく。


 これが愛の力か。

 力なのか。


「やあぁぁぁっ!」


 ――生徒会長、早い!

 ――意外と早い!

 ――だが、運動部に追いつくのは厳しいか?


 場内アナウンス、「意外と」とか言ってあげるなよな。


 そう。

 生徒会長は早かった。


 走る。走る。

 生徒会長は必死に走る。


 委員長への真っ直ぐな愛が、純粋な愛が伝わってくる。生徒会長から伝わる委員長への愛の強さに、私も思わず泣きそうになる。


 そして……

 次は、問題の理亞ちゃんだ。


 大問題の理亞ちゃんだ。

 今までの委員長、生徒会長の努力を一瞬にして無にする可能性がの理亞ちゃんだ。


 そんな私の心配をよそに理亞ちゃんは、呑気に首をコキコキと左右に曲げて、手を合わせて左右にクネクネと動かしている。


 そして、垂直に足を折り曲げてピョーンとジャンプしたり……緊張は全くしていないようだ。


 いや、これでは表現が前向きだな。


 言い直そう。

 緊張感が全くない。

 絶望感漂うくらいには、余裕で緊張していない。


 これが正解。エクセレント。

 何をしでかすかわからない理亞ちゃん。


 私は理亞ちゃんが、ちゃんと走ってくれることを神に願うことしかできなかった。


 すると、ジッと理亞ちゃんを見ていた私と目が合った。


「由宇ちゃん、やっほーっ!」


 はああああああ……

 そりゃあ溜息も出ますよ。出ちゃいますよ。


 私に向けて両手で大きく手を振る理亞ちゃん。この大ピンチでも、緊張感溢れる展開になっても理亞ちゃんは、理亞ちゃんなのだった。


 ちょっとは焦りなさいよ。

 私、ヤバいんだよ?

 負けたら私、陸上部だよ?

 鬼コーチの速水先輩ににしごかれるんだよ?


 たのむよー。


「理亞ちゃん、走ってね!」

「まーかせなさいっ!」


 理亞ちゃんに掛ける声は決まって「走って」なのである。


 本来なら「がんばってー!」なのだろうけれど、理亞ちゃんの予選での失態が頭から離れずに、「走って!」なのである。


 だって、エア聖火ランナーだよ?

 フォームだけ走ってる風で、実際は歩いているスピードと変わらないんだよ?


 むしろ歩くスピードよりダントツ遅かったよ?


 むむむむむう……

 今回もアレをやられたら、絶対に勝てない。


 陸上部のアンカーは、陸上全国大会タイトルホルダーの速水先輩。ただでさえ、勝てる気がしないのだ。


 理亞ちゃんは、くるりと生徒会長の方に向き直った。


 やはり、いくら生徒会長の足が早かったとは言え、3位のサッカー部の後ろにつくのがやっとだった。


 それでも、大健闘と言って良いだろう。だって、3位とは言え、腐ってもサッカー部ですよ。


 ここまで距離を詰められたのだから、女子走りで、ここまで詰められたのだから、出来過ぎと言っても良いだろう。


 生徒会長は理亞ちゃんの手にバシッとバトンを叩きつけた。


「手を抜いたら、承知しませんわよ!」

「へへへっ。わかってますってー!」


 生徒会長からバトンを受け取る理亞ちゃん。今回、生徒会長は理亞ちゃんにバトンを渡す役割だから、消毒は必要なかったようだ。


 よかった。

 バトンの受け渡しもスムーズだ。


 さて、一方の理亞ちゃん。

 問題はこれからだ。


 って。

 って!


 うそっ?!


 私は目を疑った。


 ――リア充爆ぜろ委員会、早いっ!

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