第四項 頭ぽんぽん

 うーん。

 全国大会常連の陸上部に、うちの委員会メンバーで勝つ要素なんて、どこを探しても見つからない。


 自信満々に腕を組む速水先輩。

 まあ、気持ちは分かる。残念なことにウチの委員会が、陸上部に勝つ要素なんて何処にもなかった。


「バカなやつや。やる前から分かっている勝負を受けるやなんて。ふははははっ! 西園寺ぃ、わいと一緒に全国、いや、世界を目指すんやっ!」

「せ、世界? ちょっと。それは流石に無理ですって!」


 日本でも無理なのに世界なんて無理無理。

 無理の2乗である。


「ところで、速水撫子?」


 委員長が、普通のトーンで速水先輩に問いかける。

 その反応が意外だったのか、速水先輩は首を傾げた。


「なんや枯石ぃ。今更、取り消しはきかへんで?」

「いや、当委員会が負けたら、陸上部に西園寺由宇を差し出す。その約束は守る。だが、陸上部が負けた場合は、どうするのだ? 賭けはお互いの利害があって初めて成立するものだろう?」


 おおうふっ!

 なんと委員長は、勝つことを前提に話を進めたのだった。


 いやいや、速水先輩だって、負ける要素が全く無いから、陸上部が負けたときのことを言わなかったのだろう。


 速水先輩は、あごに手を当てて少し考える。


「ふんっ。勝つのが前提やから、負けたときのことは特に考えてへん。枯石……お前さん、何か考えがあるんか?」

「そうだな。速水撫子、お前が負けた場合、当委員会、つまり、リア充爆ぜろ委員会に入会すると言うのはどうだ?」


 おおうふっ!

 委員長からの想定外の提案に思わず、連続の「おおうふっ!」が出てしまった。


 委員長は、何てことを言うんだ。

 のたまうのだ。


 勝算が少ないとは言え、日本の宝とも言える速水先輩をリア充爆ぜろ委員会に入会させるなんて!


 ……まあ、勝てるわけが無いから、とりあえずと言うことか。


 そうだ。そうに違いない。

 こんなん冗談みたいな条件、速水先輩が受け入れる訳が無いしな。私の陸上部入部と、速水先輩の入部、どう考えても条件が釣り合わない。


 流石の速水先輩も想定外の言葉だったようで、目を見開いて驚いている。


「なんやてっ! ……まあ、ええ。陸上部が負ける訳あらへんしな。その申し出、喜んで受けるで。陸上部が負けた場合、わいは陸上界から引退し、お前ら、リア充爆ぜろ委員会に入会してやるわっ!」

「え、ええええええっ?!」


 ちょい、ちょい、ちょいちょい!


 受けちゃったよ。

 速水先輩受けちゃったよ。


 万一、万一のことがあるじゃないですか。

 陸上部の誰かが転んじゃうとか。途中でバトンを落としちゃうとか。


 あ、でも。

 陸上部が転んだところで、バトンを落としたところで、ウチのポンコツメンバー(特に2名)で勝てるわけが無かった。そうでした。


「わかった。これで賭けは成立したな。」


 満足気に微笑む委員長。


 私の意志はそこに無いのか。

 言えないけれど。


「西園寺、陸上部の入部を楽しみにしてんで。ほななっ。」


 颯爽と、その場を立ち去る速水先輩。


 やっぱり生で見ると格好いいなあ。テレビで見るよりも5千億倍かっこいい。速水先輩が「リア充爆ぜろ!」なんて言っているところなんて、とても想像つかないよね。


 速水先輩が居なくなったことを確認した理亞ちゃんは、ワクワク委員長に問いかける。


「うわあ……委員長、あんなこと言っちゃって大丈夫なんですかー? うひひひひ。」

「ふふふっ、このワクワク感、たまらんな。」


 委員長もワクワクしていた。

 ちょっとちょっと、あなた達は勝っても負けても特に損得無いじゃないですか。他人事みたいに楽しまないでくださいよ。


 全くもう!


「もう、勝手に人のことを賭けの材料にしないでくださいよ!」

「大丈夫だ。必ず勝つ。西園寺由宇はリア充爆ぜろ委員会の大事な副委員長なのだからな。絶対に離さない。」


「うーん。それはそれでイヤかもしれない。」

「何か言ったか?」

「いや、別に。」


 だってだって、副委員長だなんて、私は望んでいないのだもの。


 まじで。

 今すぐ辞めたい。


 かと言って陸上部にも入りたくない。


 この複雑な乙女心。


 言えないけど。


「零様! こんな小娘の何が良いのですか! 零様には私が居りますわっ!」

「もちろんだ。百々花、愛しているぞ。」

「零様っ! 嬉しい!」


 また茶番が始まった。

 脱力感がハンパない。


 イチャつくのはいいんだけどね。

 もっと人が居ないところでやってくれないかなあ。


 このイチャついている時間、私はどうして良いかわからない。


 ぽかーん。


 心を無にするしか無いのだった。


「はいはい。リレー。始まりますよー。」

「え? 理亞ちゃん何か機嫌悪くない?」

「べっつにー。さーいこいこ。」


 おや?

 おやおやおや?


 どうした理亞ちゃん。

 ここは乗っかるところじゃないのかい?


 ひゅーひゅーっ!

 とか言って。


 なーんか珍しい。

 今までに無い反応だ。


「あ、そうだ。西園寺由宇。ちょっと頭を出せ。」

「えっ、何ですかっ?!」

「いいから早く頭を出せ。」


 私は、思い切り警戒した。緊急警戒警報発令だ。

 委員長が言うことなんて、どうせろくなことじゃないことに決まっている。


 それでも、委員長は、優しく私の頭を撫でるように、自分の方に私の頭を寄せるのだった。


 はあん……!

 不本意ながらに、ときめいてしまったではないか。


 ちょろい私。

 ちょろすぎるぞ私。


 なんだこの心地よさは、頭ポンポンは、こんなにも心を奪われるものなのか。


「赤くて超長いハチマキっ! それ、委員長がリレー予選のときにしていたヤツじゃないっすか!」

「うむ。このハチマキには私の思いが詰まっている。西園寺由宇、これをつけて私の分まで走ってくれ。」


 え?

 ハチマキ?


 リレー予選で、かっこ良く委員長がなびかせて走っていたハチマキ?


 すごく優雅に棚引いていたハチマキ。


 ギュッギュと私の後頭部でハチマキを結ぶ委員長。


 良い匂いだなあ……


 思わずうっとりとしてしまう私。


 って、そう言うことじゃなくて!


 危ない危ない。

 委員長の魅力に惹きこまれてしまうところだった。


「うわあっ! 私なんかに委員長の代わりなんて務まりませんてっ!」

「大丈夫だ。西園寺由宇、お前ならやれる。」


 委員長は、私の瞳をじっと見つめた。


 委員長の目に惹き込まれそうだ。いや、むしろ惹き込まれたい。吸い込まれたい。


 どうせ私にはYESしか答えを持っていないのだ。


「わかりましたよ。やれるだけやってみます。でも期待しないでくださいよ?」

「大丈夫だよ! 由宇ちゃんならできーる! ハチマキ似合ってるよ!」

「負けたら承知しませんわ!」


「あ、ああ……はい。」

 

 ハチマキ似合ってるって、ヒモの長さが膝くらいまであるんだけども。これ、思い切り走って棚引かせなければ足にこんがらがって転んじゃいそうだ。


 はっ!

 まさか、委員長、それを計算に入れて私にハチマキをつけたんじゃあ……


 うーん。

 考えすぎだと思いたい。


 百々花さんの「承知しませんわ」もあながち冗談でもないのだろう。負けたらSATから銃殺されそうだ。


「うわあ、もう圧力がハンパないなあ。はいはい。やれるだけやりますよ。」

「うむ。よろしく頼んだぞ。」


 委員長は、もう一度、私の頭をポンっと叩いた。


 ズルいなあ……

 委員長には女心を捉える術が自然と身についているようだ。


 生徒会長が夢中になる気持ちもわかる。


 そして委員会のメンバー4人は、それぞれスタート位置に着くのだった。

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