第三項 私を取り合わないで!
速水先輩は、私のことをギロリと睨みつけている。蛇に睨まれた蛙とはこのことである。
普通にこええ。
「お前ほどの実力者を、こんなクズの集まった委員会に置いておくのは勿体ないと言っているんや。お前はワイの後継者になるべきランナーなんやっ!」
ちょい、ちょいちょいちょい!
何か色々とツッコミどころの多いセリフをスラスラと並べまくっていらっしゃいますけれども。
速水先輩の後継者とか、絶対にないですよ?
だって、速水先輩、全日本のタイトルホルダーですよ?
速水先輩、ご自分のことをわかってらっしゃいます?
いや、マジで。
あ、でも
それでも、私は慌てて
「いやいやいやいやいや、無いですよ! そんな速水先輩の後継者なんて、そんな私みたいなゴミクズが、そんな。」
「あはははははっ! 由宇ちゃん、自分でゴミクズ言ってる! ウケるぅ!」
「もう! ややこしくなるから理亞ちゃんは黙ってて!」
「へーい。てへぺろ」
口の右横に舌を上向きにペロリと、てへぺろする理亞ちゃん。ホント賑やかしの理亞ちゃんには困ったモノだ。
それでも、相変わらず理亞ちゃんのことなんて眼中にない速水先輩。
「私を見くびるなや? 何にしても中学県大会決勝で、手を抜いて流して走っていたのは火を見るより明らかや。」
「うう……そんなこと、ない、です……」
「嘘をつくんやないっ!」
ぴしり。
って、ひえっ!
言い切られてしまった。
こええっ!
私。超、超睨まれてる。
さっきよりも睨まれてる。
「おいおい。速水撫子、あまりウチの副委員長をいじめなてくれるなよ。」
再び
はあん。
委員長が女神に見える。
素敵。
女神委員長。
しゅき。
「お? 久しぶりやなあ……
そうか。
委員長と速水先輩は同学年。やり取りを見る限り顔見知りのようだ。って、委員長も速水先輩から陸上部に誘われていたのか!
確かにリレー予選の走りを見る限り、仮に陸上大会に出場したら、まあまあ以上の成績をおさめそうだ。
そもそも委員長ってば、速水先輩の誘いを断ってまで、リア充爆ぜろ委員会を立ち上げたのか。そう考えると、とんでもない人だな。
そこまでしてリア充を、男を爆発させたいのか。その執念たるや、何かトラウマがあったのではないかと疑ってしまうくらい深い闇を感じる。
そして委員長は、自分だけでは無くて私のことも陸上部に入ることを阻止するのだった。
「全く、何を言っているのだ? 西園寺由宇はリア充爆ぜろ委員会の大切な役員だ。黙っていられる訳がなかろう。」
「あはははは。こんな訳の分からん委員会に陸上界の逸材を埋もれさせる訳にはいかないと言っているんや!」
「あはははは。失礼なことを言うな。我が委員会は世の男女を救っていると言っても過言では無いのだぞ?」
なんだこの乾いた笑い合戦は。
こええ。まじでこええ。
私のことでケンカしないで!
私を取り合わないで!
なんて、悲劇のヒロイン振りたいのは山々だけれど、一旦、私から逸れた怒りの矛先が再び私に返ってくるのはイヤだから、ここは大人しくしておこう。
「戯れ言に付き合ってる暇は無いんや。西園寺、お前だって、こんな所に居たくないんやろ? はよ陸上部に来いや!」
「う、うう……」
委員会に居たくないのは、あながち間違ってはいないけれど、かと言ってここでうなずいてしまうと、陸上部に入らなきゃいけなくなってしまうよね。
究極の選択では無いか。
陸上部と委員会の二択。私は、3番の軽音部を選びたいのだけれど、彼女たちの脳内には、軽音部と言う選択肢は欠片もないのだった。
結果、防御力つよつよの私は、何も言えなくなってしまうのであった。
それでも委員長は、私の気も知らずにキッパリと、そしてハッキリと言い切った。
「戯れ言を言っているのはお前だ速水撫子。西園寺由宇は、陸上部になど行かんっ!」
「枯石、お前には聞いていない。どうなんや? 西園寺。」
「そ、それは……」
ふ、ふええ……
直撃されたー!
そんなん正直に答えたら、委員会もイヤ、陸上部もイヤなのだけれど、そんなん言えるわけない不穏な空気。
答えは3番の軽音部でしたあっ!
てへぺろ!
言えない。言えるわけが無い。
必要以上に空気を読んでしまう私。
ふえぇぇん!
そして、私の困った表情を違った風に読み取る速水先輩。
「わかったわかった。枯石本人の前で陸上部に来たいとは言いにくいやんな。それでは、次のリレーで陸上部が、お前らに勝ったら、西園寺由宇は陸上部に迎えると言うことしたらええんや。それでええやろ?」
「……ん? と言うことは私たちが勝てば、西園寺由宇を諦めると言うことか?」
委員長は、速水先輩に確認した。
って、何か話が、おかしな方向に行ってない?
私は、軽音部に入りたいんですよ?
答えは3番なのですよ?
実際のところ。
ぶっちゃけ隙を見て委員会を抜けて、軽音部に行く夢は、まだ捨ててないんですよ?
これで陸上部に入ったらもう、余計に軽音部に行けなくなっちゃうよね。夢断たれちゃうよね。
あわあわ。
あわあわ。
ここは何とか、勝負事を無かったことにできないだろうか……
あわあわ。
あわあわしている私を尻目に、速水先輩は強く頷いた。
「まあ、そう言うことやな。全国大会で新記録を量産している陸上部が負けるわけが無い!」
「よかろう。その勝負承った。」
「えええええええーっ!」
私は、声をあげて叫ぶのだった。
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