第二項 流して走ってたやろ?
「見つけたでっ! 西園寺由宇!」
な、な、なに?!
背後から私を呼ぶ声が聞こえる。でも私を知っている人って、委員会の人たちくらいと思うのだけど……
振り向くと、そこには見たことのある女の人が立っていた。見たことのある、とは言っても、今では無くて中学時代、それもスポーツ紙で見たと言う意味で。有名人という意味で。
そんな大スターが私のフルネームを知ってくれているなんて驚きだ。目を白黒させながら返事をする。
「はいっ! あっ、えっ? もっ、もしかして?!」
ちょっとちょっと……!
そもそも何で、あの人が私のことを知っているのかな。めっちゃ緊張しちゃうんだけど。
本来なら決して私からは、声を掛けられないような雲の上の存在の人なのだ。決して、決して
そんなこんなで依然としてあわあわする私に、理亞ちゃんが
「由宇ちゃん、あの偉そうな女、誰?」
いやいやいや、偉そうな女では無くて、本当に偉いんだって。偉い偉業を達成した人名なんだって。
え、何?
偉い偉業って二重表現?
さっきから二重否定だの二重表現だの本当にごめんね。それくらい脳内大パニックなのだよ。
それにしても無知とは怖いものだ。
理亞ちゃん怖いものなし。
でも、興奮して言葉の出ない私の代わりに、委員長が理亞ちゃんに答えてくれたのだった。
「ああ、あれは陸上部部長の
「零様! なななななんてことを仰るのですか? 零様には私が居りますのに!」
「はははっ。すまんすまん。冗談だ。」
おーおー。
委員長ってば、欲望ダダ漏れ案件じゃないっすか。生徒会長が涙目になってるよ。
委員長って結構、浮気癖あるのかな。
男性脳ってヤツ?
かわいい女の子を見たら、とりあえず口説いてしまう的な。
それでも委員長って格好いいから、口説いたら女の子は二つ返事でついて行っちゃいそうだけれども。そう考えると委員長と付き合っている生徒会長は大変だな。
言うて生徒会長だって、美人でモテそうだけれども。
っと、ごめんなさい。
話が逸れました。
なんだっけ……?
あ、そう!
速水撫子先輩!
私は、委員長の欲望ダダ漏れな説明に、本来、あるべき大事な紹介を補足した。
「速水先輩は、中学の頃から全国大会の常連、そして高校に入ってからもインターハイで優秀な成績を納めているんだよ!」
「え、そうなん? この偉そうな女すごいのか、へー。」
「へーって! 偉そうな女って! 失礼だよ! 速水先輩は、陸上100mで中学日本記録を持っているんだよっ! 高校でも日本記録を塗り替えるのは間違いないって言われてるのっ!」
「ほんほん。言われてみれば見るからに足が速そうだね。ほーん。」
理亞ちゃんは、ほんほんとノンビリうなずいた。私の熱意を返せと思うくらいには呑気な理亞ちゃん。
速水先輩、この学校に入っていることは知っていたけれど、まさか声を掛けてもらえるとは思わなかったよ。
そして、私の熱い説明が一通り説明が終わるのを確認した速水先輩、私を人差し指でちょんちょんと指さして素朴な疑問を投げかけた。
「西園寺、お前、なんで陸上部に入らないんや?」
「え、なんでって……」
素朴な疑問だったけれど、その質問は、想定外以上に想定外だった。
困る。
そんな事を聞かれても困る。有名人とは言え、大スター様とは言え、初見の先輩から、陸上部に入らない理由を聞かれる覚えなんて何もない。
キョトン顔の私に対して、速水先輩は文頭に説明を加えたのだ。
「せやから、お前ほどの実力を持つランナーが、何故、陸上部に入らないんやと聞いてるんや。」
……え?
速水先輩が何を言っているのか、意味がわからない。
文頭に説明を付加されて、余計に意味がわからなくなる私。と言うかさ、陸上部なんてさ、無理でしょ? 無理無理。
「私ごときが、全国レベルの陸上部に入るなんて恐れ多いですよ! 無理です!」
「何を言うとるんや。お前、中学の時、県大会決勝では、流して走ってたやろ?」
……ぐぇ!!
そりゃ、蛙が踏み潰されたような声も出ますよ。
流してとか。
あー。うぅー。流して。
あううううう……
私が困っていると理亞ちゃんが私の顔を覗き込んだ。
「え、由宇ちゃん、そうなん? 県大会、
ちょっと!
速水先輩の「流して」を「手を抜いて」にドストレート変換するのやめなさい?
本人に自覚は無いのか理亞ちゃんは、キラキラした真っ直ぐな瞳で私に素朴な疑問を投げかけてきた。やめておくれよ。罪悪感がハンパないではないか。
だけれど速水先輩、理亞ちゃんのことなんて眼中に無いようで、続けざまに私のことを責めたてた。
「お前さんほどの実力があって、県2位なんてある訳がないやろっ?! ホント笑わせよんなあ。」
「いやいやいや、そんなことないですよ! 言っても県2位だって出来過ぎです。マグレです!」
「まあええ。それと、中学陸上関東大会の出場を辞退したのは何でや?!」
ぐはぁ……!!!
西園寺由宇は、50のダメージを受けた。この人は何で、そんなことまで知ってるんだ?
そうなんですよ。
関東大会って、県大会2位まで出場資格があってですね。
うっかり私、出来心で県2位になっちゃったもんだから、関東大会に出られることになっちゃったのですよ。
それにしても速水先輩、良く知ってるなあ……
私でさえも忘れていたのに。むしろ記憶から抹消した出来事なのに。
うん。
ここは、かわすしかない。
「そ、それは体調が悪くて、やむを得ず……」
「ワシは、お前さんが中学生の頃、県大会の視察に行っていたんや。その時、お前の走りを見て驚いたんやっ! 全国、いや、世界レベルの実力がある走りを目の当たりにしたんやっ! 今でもハッキリ覚えてるで!」
「いやいやいや、世界とか、そんなこと絶対ないですよ!」
いや、意味分からん。
世界って。
私は、ちょっぴりお茶目な普通の女子高生。
JK1だお!
てへぺろ!
やばい、てへぺろのくだりで女子高生虚偽疑惑が浮上してしまうところだった。私は正真正銘のJKです、お願いです信じてください。悪気は無かったのです。
そんなことは置いておいて、速水先輩は私のことをビシッと指さして言い切った。
「西園寺、お前、陸上部に入るんやっ!」
え、えええええええ?!
言い切りいいいいっ?!
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