第二項 カップルにイチャつく場を提供しているとしか思えん。

「さあ、着いたぞ。」


 委員長と来たのは、昨日と同じ公園。

 私たち3人は、公園を隅々まで見渡した。


 理亞ちゃんは、ひたいに手を当てて公園内を一通り眺めている。


「ほーんと。誰も居ないですねえ。」

「なんでこんな辺鄙へんぴところに公園つくったんだろ?」


 確かに住宅街だから公園があってもおかしくはないのだけれど、この公園で子供が遊んでいるところを見たことが無い。


 たまーに、人生に疲れたサラリーマンがベンチに座っている姿は見かけるけれど、夕暮れ時になると、カップルがベンチに寄り添って座る状況が散見されてしまうのが実情だ。


 それはもうR18なんじゃないか、ってくらいの勢いで。


 もっと言えば、茂みにさかった犬猫が住み着いているのでなないかと思うこともしばしばだ。


 まあ、R18表現が至極しごく遠回しだけれど、私は15才。そこは勘弁していただきたい。


 委員長も私たちの会話を聞いて腕を組み、溜息交じりに嘆く。


「まったくだ。この公園はカップルにイチャつく場を提供しているとしか思えん。」

「それに関しては否定できない……あっ!」


 珍しく委員長に同調しようとしたその瞬間、公園の隅に人影を見つけた。


 理亞ちゃんも、ほぼ同時期に人影を見つけた様で、間髪入れずに委員長へ報告する。


「委員長! あそこ!」


「ほう、カップル……だな。」

「はい。カップルです、ね。」


「じゃあ、行ってくる。」

「お気を付けて。」

「うむ。」


 まるで主人を送り出す従順な妻のように、委員長を見送る理亞ちゃん。


 さすが太鼓持ち。

 もう、コンビが出来上がっているでは無いか。


 ところで私、必要?

 絶対、私よりも理亞ちゃんがリア充爆ぜろ委員会の副委員長を務めたほうが良いと思うのだけれど、現実なんて上手くいかないものだ。


 どちらかと言うと理亞ちゃんの方が、私よりも全然ファシリテーター向きなのだよな。


 理亞ちゃんって、自分は動かずに周りを意のままに動かすスキルを完璧に習得しているに違いない。だから私は理亞ちゃんの意のままに動されている訳なのだ。


 策士、理亞ちゃん。

 私は何故、この子と一緒に行動しているのか。


 ……なんて、私は押しが弱々で、理亞ちゃんの押しに逆らえないことが明確な理由であることは、火を見るより明らかなのだ。


 とっとと理亞ちゃんから離れたら良いことは自分でもわかっている。理亞ちゃんと一緒に居たところで、私にプラスなんて何も無い。


 わかっているんだよっ!


 例によって、思いが零れ落ちて話が逸れてしまった。失礼。

 

 理亞ちゃんの見送りに委員長はコクンとうなずくと、この前と同じようにペリキュアのお面を被り、公園の奥でイチャつくカップルの方に歩み寄った。


 理亞ちゃんは、再び額に手を当てて、委員長の様子を観察した。


「おおー。行った行った。ペリキュアのお面って。相変わらず怪しいよなあ。」

「もう、理亞ちゃんったら……」

「えへへ。由宇ちゃんも副委員長なんだから、ちゃんと自分でも出来るように委員長のこと良く見ておかなきゃね!」

「好きで副委員長になった訳じゃないもん!」


 本当に本当なんだから!

 押すな押すなって言いながらも、押して欲しいパターンのやつじゃないから!


 なんとか倶楽部じゃないから!


 本気で副委員長やりたくなかった。

 出来るなら、今からでもヒラ委員に戻して欲しい。


 軽音部に入りたかったよー。

 軽音部~。私をここから連れ出して!


 そんな気持ちをよそに理亞ちゃんは私のことをひじで小突く。


「またまたー。カップルの間を突っ切る由宇ちゃん、かっこよかったよ?」

「そんなことで誉められても嬉しくない!」


 理亞ちゃんは、昨日委員長の命令で、私が前を歩くカップルの間に割って入った時のことを言っているのだ。


 あれ、間に割って入った直後、男の人大声出しながら私のこと追いかけてきて、本当に怖かったんだからね。殺されるかと思ったんだからね!


 私の批難を軽くスルーして、理亞ちゃんは委員長を見て嬉しそうに実況する。


「あ、委員長がカップルの背後に回った! ついに始まるねーワクワクするねぇ!」

「もー。理亞ちゃんったらー。」

「えへへ。あ! 委員長が動いた!」


 委員長はカップルの男の背後に回る。

 瞬間、委員長の左足が上がった。

 

「ホントだ! って、わあーーっ! 蹴った!!」


 この前はアクロバット要素の高い回し蹴りっぽかったけれど、今回は足を畳んだ状態で斜め前に上げて、直後、膝を伸ばして男の側頭部をすっぱーんと蹴り飛ばした。


 これだけでも十分に痛そうだ。

 うん。だって、男は見事に吹っ飛んだのだから。


 ――ぐはあっ!!


 昨日は放物線状に吹っ飛んだのだけれど、今回は真横にぶっ飛んだ。蹴り方で飛ぶ方向が変わるんだね。って、感心している場合じゃなかった。


 理亞ちゃんは委員長の姿を見て、鼻高々、得意気に言う。


「あれは、カポエイラのって技だよ!」

「よく知ってるね。理亞ちゃんって、格闘技マニアだっけ?」

「いやいや昨日、委員長の技を見てカポエイラのこと調べたんだよ!」

「そのくらい前向きに勉強すればいいのに……」


 理亞ちゃんって、好きなことはとことん極めるけれど、興味の無いことは本当にやらないのだよなあ。


 こんな私の言葉は、理亞ちゃんの耳には当たり前のように届かないようだ。


 理亞ちゃんは、うっとりと両手を組んで委員長を眺めている。


「委員長、かっこいいなあ……ん? 由宇ちゃん、なんか言った?」

「はあ、いや、なーんにも。」

流石さすがカポエイラ日本一だよねえ……」


 カポエイラはブラジル発祥のダンスと格闘技の要素を合わせた武術。委員長は、そのカポエイラ、全国大会、男女混合で日本一になった人。


 つまり、本当に本当の正真正銘の日本一なのだ。


 だけれど私たちは、面倒事に巻き込まれるのを避けるために、彼女が日本一であることをことにしている。

 

「何が日本一だって?」


 委員長は、前と同じように何の気配も出さずに私たちの背後にスッと現れた。


「あ! 委員長、お帰りなさい!」

「い、いつの間に! い、委員長、何でもないです。お、おつかれさまです!」


 油断大敵、共犯にされちゃたまらない。

 それでも委員長は、大したことをしていないかのように、私たちのねぎらいに応えた。


「ああ。今日の敵は弱そうだったし、サクッと切り上げた。」

「サクッと……って。男の人、気絶してますよ?」


 ベンチの隣を見ると、夕暮れの中、うつ伏せに倒れる男の姿。


 ピクリとも動かない。


 これ、普通に事件じゃないか。

 警察に通報されても文句は言えない。


 むしろ、私たちが通報しなきゃいけないパターンのヤツじゃないか?


 理亞ちゃんも私の言葉に、違う意味でのっかる。


「ホントだ。彼女さん、逃げちゃったね。ウケる。」

「まあ、ヤツらの恋愛ごっこなんて、そんなものだ。早めにわかって良かったのではないか? さあ、帰ろう。」


 委員長は、気絶した男を眺めながら満足気に微笑み、私たちを学校へと促した。


 ――お前ら待ていっ!


 すると、帰ろうとする私達に向かって、後ろから叫び声が聞こえた。

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