第三項 あなたの永遠のアイドル風祭理亞の実況でお送りいたします。

「ここから走って、あの手をつないで歩いているカップルの間に割り込んで、そして走り去れ。」


 委員長が、優しい笑顔で私に諭す。


 その優しい笑顔と言っていることが正反対である。

 はたから見たら、優しい綺麗なお姉さんが、私のことを慰めているようにさえ見えるだろう。


 逆である。

 真逆である。


 むしろパワハラ……パワーハラスメントである。


 私は必死に拒絶する。


「いやいやいやいや、無理ですって!」

「何を言っている。これはまだ初級編だ。お前、委員になりたくないのか。」


 初級編の意味。

 ギターの基礎、G線上のアリアでも教えるのでは無いかと言うくらいに簡単に言う委員長。


 そんな訳が無い。


 むしろ犯罪への第一歩にしか思えない。

 

 犯罪、ダメ、絶対。


 これが、初級ってことは、これから、もっとエグい要求が降臨するってことじゃないか。


 無理っ!

 無理無理無理っ!


 ――委員になりたくないのか。


 なりたくない。

 なりたい訳がない。

 即答だ。


 こんな委員会に入りたいとか言うのは、物好きな理亞ちゃんだけだ。


 それを証拠に、私たちが入るまで、リア充爆ぜろ委員会は委員長一人だったじゃないか。


 私はかたくなに拒絶する。


「しょ、初級って?! 無理です、やめ……」

「ないよねー。ほらほら、駆け抜けちゃえば一瞬だって!」


 ひぇ!

 理亞ちゃんが、私の言動を読んでいたかのように、これ以上無いタイミングで、ぶっ込んできた。


 私が拒否るまでの長い思考時間は何だったんだ、と言うくらいに、呆気なく、簡単に。


 私の決死の拒絶が、理亞ちゃんの言葉によって、一瞬にして呆気なく掻き消された。


 まるで、浜辺で一生懸命を作っていて、もう少しで完成しそうなところに、パンチ一発で崩された気分だ。


 こうなったのも全部理亞ちゃんのせいなんだからねっ!


「そんな他人事ひとごとだと思ってーっ!」

「いいからいいから。」


 いつものように私の批難をスルーする理亞ちゃん。

 この王道パターンに私は、いつもやられてしまう。


「ほら、早くしないと行ってしまうぞ!」


 委員長は、中々動かない私に痺れを切らしたのか私のことを急かした。


 行ってしまうと言うか、早く行ってくれないかなあ……


「目を閉じて走れば怖くないって。」


 他人事のように私にアドバイスする理亞ちゃん。


 と言うか、100%他人事だった。


 はあ、仕方が無い。


「わかったよー。う、うう……ぎゅっと目を閉じて、一気に駆け抜ける……せーの、えいっ!」


 ――


 さてさて、ここからは私、あなたの永遠のアイドル風祭理亞の実況でお送りいたします。


 視点が変わったからって、戸惑わないでよねっ!


 視点が変わるのも仕方のないことなのですよ。


 だって、由宇ちゃんってば、爆ぜろミッションで語り部やる余裕が無くなってますからね。ウケる。


 そもそも、何で語り部が由宇ちゃんなんでしょうね。口下手の由宇ちゃんより、私の方が絶対向いてると思うんだけどな。


 と言っている間に、由宇ちゃんがカップルに向かって走り出しましたよ。


「おー、行った行った。」

「全く躊躇ちゅうちょしてないな。見所あるやつだ。」


 委員長が、ウンウンと頷きながら、我が子を見るように走る由宇を眺めます。


 優しい私は、委員長に解説してあげました。


「由宇のやつ、目をつむってますからね。ヤツは今、無敵モードです。」

「なるほど。」


 そして、ついに。


「うわっ! カップルの間に割って入った!」

「カップルの手が、体育祭のゴールテープみたいになってるな。」

「カップルびっくりしてるわー、そりゃあビックリするかー……あははははっ! ウケる。」


 くっついて手を繋ぐカップルの間を計ったかのように、こじ開ける由宇ちゃん。目を瞑ってるなんて思えないほどに正確に飛び込んだ。


 手を離したくないカップルは、走り去ろうとする由宇ちゃんの身体に手を引っ張られる形になっている。


 まるで、100m走で由宇ちゃんが一等賞を取ったかのように、カップルの繋がれた手がゴールテープの役割を果たしている。


 そして、ついにカップル達の握っている手は、スローモーションではかなげに離れていった。


 構わず由宇ちゃんは走り去る。

 この時が早く終われと願っているようだ。


 わかる。

 早く終わると良いね。


 私は面白いから、もう少しこのまま見ていたいけれど。


 委員長が、カップルの男に視線を移した。


「あ、男が西園寺由宇のことを追いかけていくぞ?」

「あ、ほんとだ。」

「大丈夫か?」

「はいっ。由宇は、元陸上部で県2位だから余裕で大丈夫かと。」


 そう。

 中学時代、由宇は短距離100mで県2位になったことがある。だから、短距離走の基本は出来ていて、下手な男より足が断然早いのだ。


 委員長も、満足そうに由宇を眺める。


「本当だ。確かにどんどん男を突き放していくな。フォームも綺麗だ。」

「ほーんと、なんで陸上やめたんだろ。」


 そうなんだよね。

 私は、てっきり由宇は高校でも陸上をやるもんだと思っていた。この高校、まあまあ、陸上強いし、陸上部も由宇の入部を楽しみにしていたはず。


 ところが、いざ高校に入ってみると、由宇は「文化部に入りたい」って言ってきた。


 最初は驚いたけれど、何かしらのやむを得ない理由があるんだろうなと、じゃあ「私が選んであげよう。」と、優しい大親友の私、風祭理亞様が名乗りを上げた訳です。


 何て言うのかな……

 私は幸福の女神?

 わかるー。


 と、うんうんと由宇のことを母のように眺めていた委員長が、長い髪を「ふぁさっ」となびかせて振り返った。


「……さて、じゃあ委員会室に戻るか。」

「え、由宇のこと置いて帰るんですか? ひど。」

「だって、大丈夫なのだろう?」

「まあ、そうなんですけど……帰りますか。」

「うむ。」


 まあ、由宇のスピードに男が追いつけるわけ無いし、後ろからだから顔も見られてないだろうから、大丈夫だろう。


 ……きっと。


 委員長も、由宇が大丈夫だと確信したから帰るのだろう。


 ……きっと。


 まあ、何とかなるだろう。


 って、そしたら、もう私の語り終わりじゃん!

 もう少し由宇も見せ場作ってくれれば良かったのに!


 委員長が助けに入る場面とか、色々あるじゃない?


 つまんないなー。


 ああーもう!

 また、絶対、語り部で現れるから、楽しみに待っててね!


 むしろ、語り部は理亞ちゃんがいい! 天使みたいな理亞ちゃんがいい! って、大きな声を上げてくれてもいいんだぜっ。


 ……はいはい。わかりましたよ。

 次回のお話は、残念ながら由宇ちゃんの語りに戻ります……だそうです。


 では、またねっ!

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