第二項 入会希望です!

 ――彼氏……だと?

 ――誰だ!

 ――彼氏って言ったやつわああああああっ!


「ひゃあ!」

「ひゃあ!」


  振り向くと鬼のような顔をして、背後に立つ女子生徒。


 殺気一杯な女子生徒の登場に、跳び上がって驚く私と理亞ちゃん。


 落ち着いて女子生徒を見てみると、長い黒髪、細い身体に、背筋がピンと伸びて、とても姿勢が良い。

 

 絵にかいたような美少女。思わず見蕩みとれてしまう。女の子が女の子に見蕩れるなんて、少し変な感じだ。

 

 関係者かな……?

 そりゃあ、無関係の生徒が勝手に部室に入っていたら、不審者と思うよね。


 だけれど、理亞ちゃんは、すぐに平静を取り戻しておくせずに言い訳をする。


「彼氏? 嫌だなあ。違いますよー! カレーはおいしいよね。って話をしてたんですよー。」


 さすが理亞ちゃん、こう言う何かやらかした時の頭の回転は早い。場数を踏んでいると言うか何と言うか……でもカレーは美味しいよね。なんてシチュエーション的に言い訳が苦しすぎないか?

 

「そうか。……と言うか、お前ら何故ここに居る。何か用か?」


 言い訳が通った……!

 その女子生徒も、案外単純なのかもしれない。


 シチュエーションもそうだけれど、彼氏とカレーを言い間違える事なんてことは滅多に無い。


 この人、ちょろすぎる。


 理亞ちゃんは、自分の話に乗ってきた女性にしめたと言う顔をして話を続ける。


「委員長さんですか? 私たち入会希望です!」

「えええええっ?!」


 入会希望?!

 いやいやいや、意味分かんないし聞いてないし。

 

 と言うか、理亞ちゃんは、この人の何を見て委員長と言ったのだろう。


 そ、そうか。

 それよりも理亞ちゃんは、この「リア充爆ぜろ委員会」に決めたってことか。


 私は絶対に嫌だ。

 絶対に。

 

 理亞ちゃんと一緒の部活に入れないのは寂しいけれど、私は一人で軽音部に入ることにしよう。


 謎の女子生徒は、入会希望と言うキーワードに強く反応し、微笑みを浮かべる。


「そうか。私が委員長の枯石かれいしぜろだ。よろしくな。」

「よろしくお願いします! 私は風祭理亞、この子が西園寺由宇です。この子も入会希望です。」

「え、えええええー!!!」


 いやいや、理亞ちゃん何を言っているの?

 何をのたまっていらっしゃるのですか?


 こんな訳が分からない委員会、理亞ちゃん一人で入ってくださいよ。


 理亞ちゃんは、私のリアクションを無視して話を進める。


「今のところ、委員長しか来ていないみたいですけれど、他の委員はお休みですか?」

「……もう全員出席しているが。」


 平然と答える委員長を名乗る女子生徒。


 私は、キョロキョロと周りを見回した。

 うん、誰も居ない。


「え、でも他に人、いないですよ?」

「当たり前だ。なぜなら、私が委員長、かつ委員なのだからな。」


 委員長、かつ委員。感情無く平坦に平然と言い切る委員長……かつ委員。


 それは1人しかいないのにを名乗っていると言うことですかね。


 んー……

 有り得ない。


 だって、『会』の意味。


 =====

  かい【会】

  [名]

   (1)多くの人がある目的をもって集まること。また、その集まり。

   (2)目的を同じくする人々が組織する団体。

 =====


 つまり、複数を意味するのだ。集まっているのだ。一人で「会」を名乗ることなんて有り得ないのだ。


 理亞ちゃんは、お腹を抱えて笑い、小声でつぶやいた。


「うわー。委員会の名前だけで無くて、本人も非リアとかウケる。」

「なにか言ったか?」

「いや別に。」


 理亞ちゃんの声を微妙に聞き取った委員長に、理亞ちゃんはしれっと、しらを切る。


 こう言うとき、大体の人は、理亞ちゃんの言葉「非リア」の本意を追求すると思うのだけれど、委員長は、納得したようだ。


「だったらいいが。で、まず、入会に際して確認だ。お前ら彼氏はいるか?」


 入会に際しての第一声の質問で「彼氏が居るか」って、なんだそれ。有り得ないわ。


 まあ、私も理亞ちゃんも彼氏が居るから、この1つ目の質問で不合格確定だ。


 うん。不合格。

 良かった良かった。

 お疲れさまでした。


 不合格になって、こんなに嬉しいことなんて今まであっただろうか。


 軽音部の皆さん待っててね。


 私がホッとしていると、隣で笑う理亞ちゃんがいた。


 そりゃそうだよね。

 笑っちゃうよね。

 とっとと帰ろう理亞ちゃん。


「あははははっ! 居る訳ないじゃないっすかー。彼氏居たら、ここに来ないですって~。」


 え、待って待って?

 理亞ちゃん、真顔で嘘ついてる!


 あなた、彼氏いるじゃない。

 この前、ラブラブって言ってたじゃない。


「そうか。西園寺由宇。お前はどうだ?」


 ギロッと私をにらみつける委員長。

 負けるな私。本当のことを言うんだ。頑張れ私。


「い、います……」

「あ……?」


 うわー。委員長怒ってるわー。

 まあ、私は委員会に入らないし、正直に彼氏いるって言っておこう。別に悪いことしてないし。

 

 だけれど、理亞ちゃんは私の前に割って入って、いらないフォローをした。


「いますぇん。いますぇんよなっ?! 由宇!」


 いますぇん……何語なんだ。

 私は、どこの地方の生まれなんだ。

 

 理亞ちゃんは、いつも私が「いません」のことを「いますぇん」と言っているかの如く委員長に弁解した。

 

 やめてくれ。

 変な印象を美少女委員長に植え付けないでくれ。


 と言うか、これ私も自然に委員会に入会する流れになってる?


 でも気が弱い私は、理亞ちゃんの言うことを否定できない。もちろん肯定もできない。

 

 脳内は饒舌じょうぜつなのだけれど、それに反して言葉は口から出てこない仕様になっている。


 一刻も早いコミュ障の仕様変更、改修をお願いしたいところだ。


 だけれど、残念ながら仕様変更の予定は未定だった。怖くてうなることしかできない。


「う、うう……」

「そうか。だったら、良いんだ。まあ、彼氏が居ても別れさせるけどな! ははははは!」


 委員長は、私から理亞ちゃんへの「彼氏いますぇん。」の答えをYESと受け取ったらしい。


 って、なに?!

 彼氏と別れさせる?!!


 それ、ヤバくない?

 いやいやいや、ムリムリムリ!

 ダメでしょそれ。絶対ダメなやつ。


 理亞ちゃんは、委員長の「彼氏が居ても別れさせる」発言を聞いて、ドン引きした顔でつぶやく。


「うわーさいてー。」


 私も激しく同意したい。

 最低中の最低。委員長は全日本最低チャンプだ。


「何か言ったか?」

「いえ何も。」


 理亞ちゃんと委員長のこの一連の流れ。 

 定番化しそうだな。


 それでも、委員長は納得したようで、嬉しそうに、かつキッパリと言い切った。


「よし。2人を委員として歓迎する。」

「ありがとうございます!」

「えええええーー?!」


 待って?

 私は委員になりたいなんて一言も言ってないよ?


 深みにはまる前にハッキリと断っておかなければ。


「あ、あの……私……」

「ん、何だ? 西園寺由宇。」


 鋭い視線が私の方に突き刺さる。


 怖い……

 でも言わなきゃ。


「私は、この委員会に入りま……」

「すっ! 喜んで入ります!」

「え、えええええー! 理亞ちゃん! ううう……」


 私の言葉を再び元気良くさえぎる理亞ちゃん。


 でも、これ以上否定する勇気はない残念な性格の私。いつも、こんな調子で理亞ちゃんに振り回されている。


 理亞ちゃんと私の不自然なやりとりを委員長は、全く気にも留めず話を進める。

 

 基本マイペースなんだな、この人。


「そうか。では早速だが、2人には今から委員会の仕事をしてもらう。」

「ええっ! 今から?!」


 思わず私は、否定的な声をあげた。

 部活とかって、大抵の場合、初日は見学して様子を見て、慣れたら実務に入りましょうの流れだろう。


 なのに、いきなり仕事って。


 委員への配慮が、1mmも無い委員長。

 それでも、私の気持ちが伝わったのか、首を傾げて尋ねる。


「そうだが。何か問題でもあるか?」

「もちろんありません!」


 私の代わりに調子よく、勢い良く、そして遠慮なく賛同する理亞ちゃん。


 委員長は私に聞いてるんだよ。

 そりゃアナタは良いでしょうよ。だって、この委員会に入りたかったんだからさ。私の身にもなってよ。


 なんて言う勇気も無く……どんどん話は進んでいく。それはもう、どんぐりころころくらいに転げ落ちていく。

 

 私の高校生活、どうなるんだろう……


「じゃあ、外に出るぞ。」


 そんな私を尻目に、委員長が私たちを誘導する。

 

 って、え?


 このリア充爆ぜろ委員会って、文化部的なノリなんじゃないの?


 名前から察するに一日中、部室の中でリア充達への恨みつらみや陰口を、ひたすら話すんじゃないの?


 しかも何故に今から外に出る?

 もう日も落ちてきてるし……なるべくなら行きたくない帰りたい。


 遠回しに拒否してみようかな。


「え、今から……ですか?」

「何か問題あるか?」

「そ、それは……」

「問題ありませーん! さあ、由宇ちゃん行こう行こう!」

「え、えええ……?!」


 再び私の言葉を、前のめりで遮る理亞ちゃん。

 どこまでこの子は、私の野望を阻止するんだ。そして、異常にノリが良いんだ?


 理亞ちゃんったら、この調子じゃ、例え委員長が朝まで付き合えと言っても付いていきそうだ。


 理亞ちゃんは、ワクワクと元気良く委員長に問いかける。


「委員長! どこに行くんですか?」

「もちろん、リア充撲滅ぼくめつ運動だ。」

「具体的には?」

「まあ、説明するより、実際に見た方が早い。」


 リア充撲滅運動……なんかヤバいテロ的な雰囲気しか感じない。


 これ、絶対ヤバいヤツでしょ。委員長の不敵な微笑みが怖い。


 嫌がる空気を分かりやすく出す私を知ってか知らずか、委員長と理亞ちゃんは、部室を出てズンズンと進んでいく。


 って、外って、グラウンドとかじゃないの?


 委員長の歩み、止まらないんだけど。

 一体、どこに連れていかれるの?

 もう恐怖しか感じない。


「ど、どこに行くんですか? 学校の外、出ちゃいましたけど……」

「どこも何も、ここだ。」


 地面を指さす委員長。

 ここってドヤ顔で言われても、毎日通う普通の通学路。


 所謂いわゆる、歩道。

 こんなところで出来る活動なんて、ある訳がない。出来る訳がない。


 ゴミ拾いのボランティアでもするのですか?


「ここ。って、何も無いじゃないですか!」


 さすがの私も委員長を批難する。

 だけれど、理亞ちゃんは何かを察したようだ。


「あ、もしかして、あの人たちですか?」

「風祭理亞。お前、さっしが良いな。そうだ。あのカップルがターゲットだ。」


 理亞ちゃんの指摘に対して、委員長は嬉しそうに答える。


 手を繋いだカップルが、私たちの少し先を歩いているけれど、それが何なのだろう。


 私は意味がわからず首を傾げる。


「……ターゲット?」


 私の言葉に、委員長は事も無げに無感情に言い切った。


「そうだ。……西園寺由宇、あの2人の間を突っ切れ。」

「え、えええええっ! どういうことですか?!」


 突っ切る?

 何?

 意味が分からない。


 一体、この人は何を言っているのだ?

 義務教育を出ただけでは、女子高生の言葉は理解できないのか?

 

 難易度が高すぎる。


 私の頭から「?マーク」がボロボロとこぼれ落ちていく。


 委員長は、私が全く理解していないことを感じ取ると、私の目を見て、肩に手を置き、再び丁寧にゆっくりと子供に語りかけるように言い聞かせた。


「だから、ここから走って、あの手をつないで歩いているカップルの間に割り込んで、そして走り去れ。……な?」


 委員長は、優しく微笑んだ。


 聞かない方が幸せだった。

 私は激しく後悔した。

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