一途な暴れ者

「さて最後は、最も喧嘩っ早い超暴れ者、猛毒のフッ素です。その研究中に何人もの化学者が亡くなっています……が、意外にも、日本中で使われているとても日常的な元素なんですよ」

 このギャップが面白いと思って貰えるように、


「フッ素配合とかフッ素コーティングとか聞いたことないですか?」

 身近なところから営業開始。


「……歯磨き粉とか?」

「良いですね櫻井さん、正解です」

 気持ち良く正解して貰えるように、頑張って盛り上げる。


「他にも何か思いついた人は居ませんか?」

「……うろ覚えだけどフライパンとか?」

「はい黒森さん、正解です!」

 できるだけ答え易いように。


「他には炊飯釜やレンジの受け皿なんかもそうですね」

「なんかそれっておかしくない? フッ素って猛毒なんでしょ?」

 来た! そう、その疑問を持って欲しかったんですよ。


「その通り! 順当な推論ですよ奥原さん。その矛盾こそフッ素の特性に繋がる鍵なんです!」


 少し間を置いて、みんなの注意を集めてから、


「フッ素はとても喧嘩っ早いですが、『超一途』なんです!」

板書していたFの字の上に『超一途』と追記する。


「いちど相手を掴んだらもう離しません。意地でも離しません。だから、一旦何かと結合するとそれ以上何もしない。その状態のものが歯磨き粉などに入っている訳です。そしてそれらは、誰かが割り込もうとしても何もさせない。歯を溶かそうとする虫歯菌も、フライパンを焦がそうとする酸素や油も、そのコーティング――フッ素の結合――を壊せないんです」


 たっぷり一呼吸置いて、

「超一途!、ですからね」


「因みに一途な理由は色々ありますが、その一つが電気陰性度です。化学の」

「あーっ! 理系だ、理系ワード使ってるー!」

 奥原さんがここぞとばかりに揚げ足を取る。なら……


「おや、電気陰性度がなにか知ってるんですか?」

「それは、知らないけど、いかにも理系な感じでしょー」

「じゃあ本当に理系ワードなのか、調べてみて下さい」

「ええー!? なにそれー?」

「僕がセーフだと勘違いしてるのかもしれないし、調べて結果を教えて下さい」

「えー、なんで私が調べないといけないのー?」

 机に突っ伏してボヤく奥原さんに、


「まあまあそう言わずに。期限は切りませんから、気が向いたら化学の教科書を見てみて下さい。そこで分からなければ、また数週間後に。いつまでも待ってますから、気長にやりましょう」

 気紛れにでも、いつか見る気になってくれますようにと祈りつつ……

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