浮気者の呼吸

「次は物を燃やし、鉄を錆びさせる。身近な暴れ者・酸素です。が、実は結構な『浮気者』です!」

 ボードのOの字の上に『浮気者』と追記する。


「最低ですね」

「誰かさんみたい」

「そうですね~」

 なぜ僕がディスられるんでしょうか……


「そんなことはありません。もし酸素が一途だったら! 酸素が血液に取りつくと、酸素は掴んだまま何もしない、血液は掴まれたまま何もできない。血液が体内を何周しようと何も起きずに窒息です」

 まずは一途だった時のヤバさを強調し、


「でもそうじゃない! 酸素が肺では血液に取りつき、体内を巡る間に浮気するから。そこで発生するエネルギーを我々が利用できるのです。挙げ句、利用された酸素は炭素へ誘導され、二酸化炭素として排出される。何だか可哀想ですらあるでしょう?」


「浮気なんてするから捨てられるんです」

 羽切さんの言葉が、脳内に木霊するよう反芻される。


「浮気するから捨てられる……的を射た素晴らしい例えですね。痴情のもつれ的な意味合いとは全く違うのに、奇跡の噛み合い方です」

 僕は素直にそう思っただけなのに……


「的を射るも何もそのままです!」

 まあ、羽切さんはともかく、

「そーだそーだ」

「ねー」

 奥原さんと黒森さんは面白がってますよね。


 櫻井さんだけは小声で羽切さんを宥めてくれているようだけど……


「じゃあ酸素は悪女、取っかえ引っかえ男と遊ぶ悪女ですから」

「わっ、なんかカッコいいかも?」

「ええー?、それじゃつまらないし……」

 この二人はやっぱり面白がってましたね……


「なら、浮気者と覚えて貰って構いませんよ。自分に一番合う覚え方をして下さい」

 とりあえず羽切さんの抗議が止まったようだし、これでよしとしておきましょう。

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