講座第一回目

幼稚園児に勝てる程度の恋愛力

「それでは! 今日は化学の、元素の話をします」

「ええー、いきなり理系? スパルタだよー」

 あけすけな奥原さんの物言いに、

「そうですよ~」

 櫻井さんの同意が続く。


 高確率で理系アレルギーの子が居るだろうなとは思っていた。初回は世界史や日本史にすべきだったのかもしれない。でも歴史の話は思想の話に繋がるから、盛大に脱線する恐れがあった。何より初回から守り一辺倒では先がない。これくらいの攻めはやっていくべきだろう……きっと、多分。


「いえいえ、元素を擬人化した物語風なので安心して下さい」

「現国だって得意じゃないよー」

「分かり易さ最優先で、読解要素もありません。ただ初回ですから、どうにも興味が湧かないとか、難しすぎるとか、許容できない時は教えて下さい。できるだけ対応しますので」


「はい! 化学に興味が湧かないよー」

 まあ、そういう流れになりますよね。


「じゃあ奥原さん、何なら興味が湧きますか?」

「んー……、恋バナとか?」


 来ましたね……そんなものができるなら苦労はないですけど……色恋沙汰は丁重に聞き流すのが最善だろう。彼女たちだって嫌な思いをしに来てるんじゃない。僕が火傷したって気まずくなるんだ、苦手な話題はスルーすべきだ。

 でも、そんな失敗を避けようと、彼女たちの話をはぐらかし続けている。ここら辺で、少しは誠意を見せてあげたい。バカ正直に話しても空気を重くするだけ。恋バナに乗ってみても、こんな意図伝わらないのかもしれない……けども!


「では、化学に興味が湧くように、僕が奥原さんを口説いてみる、というのはどうでしょう?」

「えー、そんなことできるのかなー?」

「おやおや完全に侮ってますね。いいんですか? 僕は幼稚園児を遙かに陵駕する恋愛マスターですよ?」

「うわっ、小学生レベルですらなかった」

 思惑通り、嬉しそうに僕をディスる奥原さん。


「おっとっと、幼稚園児は『大好き』、『結婚する』なんて愛の告白は勿論、平気で手を繋ぎ、ハグしたり、頬にチューだってできるリア充ですよ。本当に勝てる自信があるんですか?」

「……そん、なの、何も分かってない、だけだし、久連石さんこそ勝てる訳ないし」

 奥原さんの語気が急に弱くなる。虚勢を張っているのがお互い様なら、ここが踏ん張りどころだ、気持ちで負けるな!


「いえいえー」

 余裕たっぷりに勿体つけて、

「僕の恋愛テクを駆使すれば、幼稚園児なんてイチコロですよ!」


「もしもし警察ですか、幼稚園児を狙うロリコンを、今すぐ逮捕して下さい」

「ちょっ!!? 羽切さん!? どこにそんなロリコンが!?」


 四人が無言で僕を指さした。


「なんでっ!? 誤解です! 僕は幼稚園のアイドル、妙齢の保母さんを、華麗に口説いただけですから! それで園児たちの尊敬と羨望を集めたんです!」

 謂われのない……九割九分謂われのない冤罪を全力で否定する。


「じゃあその保母さんはどこの幼稚園のなんて人なのさ?」

「……それはですね奥原さん、その、相手のプライバシーとかありますから秘密です」

「そんなこと言って、どうせ脳内の妄想なんでしょー?」

「違います……個人情報に気を遣う、良識ある大人として、当然の対応ですから」

 ……別に建前じゃなくても、本当にそうだしね、うん……


「じゃあ実在する証拠を見せてよー」

「もしこんなことで、奥原さんの恋人が、奥原さんの知らない人にそんな情報を見せたら、どう思いますか?」

 突破口を探しながらなんとか時間を稼ぐ、つもりが、


「あーもう! メンドクサいなー! こんな話聞かされるくらいなら化学の話聞いてあげるよー」

「確かに」

「全くです」

「う~ん、まあ……」


 あれっ? もう少しなだらかに着地できるかなーと思ってたけど……

 まあ、自発的……自発的に化学の話を聞いてくれる流れといえば流れだし、僕にしてはよくやったと思っておこう……

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