プロローグ はじめよければ2
「わかりました。自己紹介を兼ねてお話ししましょう。ただ、これを聞いたら大人しく講座を聞いて下さいね」
「はーい」
……小さく息を吐きながら、彼女たちが席に着く音を聞きながら。ホワイトボードに名前――
「僕の名前は久連石 苔生。古今和歌集 巻七、巻頭歌に因んだものです。君が代、君の時代は、千代に八千代に、久しい時を経て連なるさざれ石。その大きな石――巌――に苔の生すまで」
言いながら、ボードの名前の文字を押さえていく。
「更に名前の読みが英単語のタイム、同じく時間を表す言葉にも係っている、今風な名前です」
「また、原典はそんな悠久の時に夫の健康長寿を願った妻の歌で、それ以外の何ものでもありません」
他のにわか解釈と混同されても困るし一応、ね。
「……といったところで」
「つまんない……」
机に突っ伏したミディアムヘアーの子が呻く。精一杯中二風にしたつもりだけど、もう卒業しちゃってたか、な……
「古今集とか古文? 日本史? 自己紹介にまで勉強混ぜるなんて聞いてないよー、約束がっ!?」
更に何か言いかけたその脇腹にショートカットの子の手刀が刺さった。突っ伏したまま沈黙するミディアムヘアーの子。
「あの、大丈夫ですか?」
「ええ、すみません、この子は私が静かにさせるので、もう講義を始めちゃって下さい」
ショートカットの子がしれっと答える。これがフレンドリーファイア……じゃなくて、このままミディアムヘアーの子を悪者にするのは良くない。が、ショートカットの子にも角が立たないように……
「僕の方こそ初めての講義で色々すみません。万が一、逆ナンされても名前の話は女子受けしないと貴重な経験も頂けましたし、気にしないで下さい」
「わぁ~、ナンパされる予定があるんですか?」
想定外のふわふわカールの子の乱入に
「えっ!? ーっと、僕がされる気満々でも相手次第というか、予定は未定というか……」
「じゃあ私がお誘いしてみてもいいですか?」
マジで!? いやいや落ち着け童貞、これがうぇ~い系ってやつなら軽い冗談、ノリだけだ。真に受けるな、軽く、軽く、同じ土俵で受け流すんだ。
「僕たちもう知り合ってるじゃないですか、今更逆ナンなんて逆に照れ臭いですよ」
ある程度想定はしてたけど、僕がこんなチャラい台詞を言うことになるなんて……。
「そっか……そうですね、えへへ……」
「やっぱりいかがわしい目的なんじゃ……」
入れ替わりでショートカットの子が蒸し返す。
まだチャラ男疑惑が残ってますか、そうですね……正論を少しだけ混ぜてすぐにはぐらかそう、できるだけ軽く、角が立たないように
「素の僕は真面目が服を着てる感じだから、普通にしようと軽薄になりすぎましたね。ただ、もし僕がチャラ男なら、貴女にだけ帰って貰って先を続けると思いませんか。如何わしい目的なら、誰か一人残ってくれればそれでいい……なんてちょっと推理小説っぽいでしょう? 名探偵さんの推理でも僕が無実だといいんですけど」
……とりあえずショートカットの子から異論が出ないようなので
「ではお待たせしました、講義を始めますね。まずは名簿を回しますので記入をお願いします、できれば名前だけでも教えて貰えると嬉しいです」
やっとここまで漕ぎ着けた……のだが、結局ゴタゴタと名簿を回収するまで講義は進まなかった。
何を揉めてたんだろうと名簿を見ると……
一人目、ふわふわカールの子は
二人目の、ストレートロングの子は
三人目、ショートカットの子は
最後が、いきなり面白トークを迫ってきたミディアムヘアーの子、
雑念を払う。これ以上間延びさせるな、とにかく講義を始めよう!
「今日はこの講座に来て頂きありがとうございます」
あの講座紹介を見てよくここに来てくれました。まずは感謝です、はい。
「一応の確認なんですが、講座紹介に書いた通り、ここは成績アップを目的にしていません。勿論、僕の話が面白いと興味を持って貰えて、勉強するのが苦でなくなり、成績に繋がるのが理想です。ただ、成績目的なら、普通の学習塾の方が遙かに効率はいいでしょう。そこは大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です~」
「そもそも普通の勉強なんてやる気にならないし」
櫻井さんと奥原さんが肯定の言葉をくれる。異を唱えない二人も肯定と思っていいのかな……
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