炎上ラーニング

半濁天゜

プロローグ はじめよければ

 多くの幸運あるいは不運が重なって。

 ボランティアの学習講座として。

 地区の公民館で、高校生の勉強を手伝う運びとなったら。せめてもの反抗でそれを少しでも面白くしてやろうと思った……けれども………………


 窓から沁みる陽が暖かい、公民館の小さな部屋。今は十六時五十分、講座開始まであと十分。一人で誰か来るのを待っている。

 受講者が居なかったら悪いので、電灯はつけていない。薄暗さに一層瞼が重くなる……そんな時、


 部屋のドアが開けられた、寝ぼすけの春一番が吹くように。


 夕陽と陰に交わりながら、

「こんにちはー、受講するので面白トークして下さーい」

意気揚々と迫る女子高生。僕の講座紹介を見てるなら、こんな挨拶もありだろう。むしろ、これくらいは想定しておくべきだったのかもしれない、なんて今更思っても仕方ない、


「えーっと、こんにちは……」

なんとか挨拶で間を取りつつ答えを探す。


 その間にもミディアムヘアーの可愛い顔が、演台――つまりは僕の――すぐ傍にやって来る。面白さを掲げるのならこんな無茶振りでも活かしてあげたい、けど……


「今日最初に来る人は、そう言うだろうと分かっていました。どうして事前に分かっていたのか? 講座を最後まで聞いてくれたらお話ししますよ」

「えー、それが面白トークなのー?」

「ええ、何故そんなことが分かっていたのか? ちょっと面白くないですか?」

「うーん……」

 唸る彼女。


 その横に、ショートカットの子もやって来る。同じ制服、連れの子も居たのか。

「初めまして……ですよね? もしかしてこの子、以前から何かやらかしてます?」

すぅっと通る澄んだ声、斜陽と戸惑いに染まる可愛い顔。


「初めまして。いえ、初対面ですよ。今のは軽い余興、手品みたいなものです。深い意味はないので安心して下さい」

 なるべく親しみやすく答えたつもりだったけど。ショートカットの子は、そーっと僕を探るみたいに、

「…………もし……いかがわしい目的なら、この子おバカなんで止めた方が良いですよ」


 なるほど、角が立たないようにこの子の勘ぐりを何とかしないといけない訳ね……


「一般的に学習講座は受講者の成績、テストの点数アップを最優先にすべきでしょう。しかし僕は、講座紹介にも書いた通り、その面白さに重点を置いています。その点に於いては、不心得者なのかもしれません。ただ、折角ここまで来たのなら、ちょっと覗いていきませんか?」

 話をずらしてはぐらかし、何とかかんとか着地させる、ことができたかな……


 と思ったところで、電灯がついていない――電灯をつけてない――ことを思い出す。そうかちょっと変な流れなのはそのせいだなきっと。早速……


「わぁー、黄昏刻っぽい? ホラー? オカルト風味ですか~?」

 春の木漏れ日みたいな声に、僕の心も小春日和になる。くぅ~、あと十秒、いや五秒あれば電灯つけてました!


 声の方に顔を向けると、ドアのところにも二人の女子高生が。一人はふわふわカールのロングヘアー。もう一人は流れるストレートのロングヘアー。前の二人と同じ制服。しかも二人とも、つまりはみんな可愛い……だと……


 このテンションは不味いと心の底がざわめきだす。


 可愛い女子高生たちに、面白トークを迫られ、如何わしいと勘ぐられ、今はオカルト講座という勘違いをされている。オカルトでないと言うのは簡単だ。でもそれじゃあ、ここがありふれた普通の講座だと言うようなもの。その失望を与えることなく何とかしなくてはならない。僕のコミュ力を陵駕した窮状……


 幸運にも?、頭に一つだけ解決案が浮かんでいる。いつもの僕なら絶対に選択しない、有り得ない博打の一手。

 でも、もう時間が、焦りが募る、早く答えなくては、何かをっ、不味いと分かっているのに……っ!


「いいえ!」

 おもむろに右手を挙げて何かに祈った……指を鳴らすと同時に電灯がつき、

「マジック風味、かもしれないですよ」

「えっ!?」

「!?」

「わぁ~」

「へぇ~」

一気に白々となった室内で、小さな歓声や驚息が重なった。


 ミディアムヘアーの子がきょろきょろした後

「どうやったの? スイッチはあそこでしょ?」

とドア脇のスイッチを指す。

 博打に負けてはいないよな、なんて、浮き足立った心のまま、

「そうですね。講座を最後まで聞いてくれたら、タネ明かししてもいいですよ」

精一杯の仕返しで、僕は彼女たちにそう言った。


「ええー、それもお預けなのー? 一つくらい教えてよー」

 ほろ酔い鶴がお猪口を煽るような、ミディアムヘアーの子のクレームに、

「そうです、気になって仕方ないです~」

 ふわふわカールの子もこっちに近づきながら加勢する。


「最後まで聞いてくれたらお話ししますよ。それでもタネだけ聞いたら講座を聞かずに帰っちゃうんですか?」

 少しだけ棘を混ぜておどけてみせると、


「じゃあ久連石くれいしさんの名前の由来教えてよ。どうしてそんな名前なのか」

 ミディアムヘアーの子が食い下がり、

「あっ、講座紹介見て私も少し気になってました」

 ストレートロングの子が続く。山奥に佇む梅のような声。


 この名前を面白がられるのは飽き飽きなんだけど、今回はそのお陰でこの子たちが来てくれたと考えるべき、か……

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