第45話 届かない望み(SIDEデメル)

*****SIDE デメル




 どうしてこんな事態になったのか。私の存在がバレないよう、あの女神を餌に使ったのに。カオス神は神族の最高位にある。その地位が欲しかった。喉から手が出るほど欲しても、その実力が足りない。分かっていても伸ばす手を下げられなかった。


 彼がいなくなればいい。彼に従う上位神達は、さほど地位に固執しない。上位神になるほど欲は浄化されるというが、その頂点に立つカオスが欲を露わにした。人間の小娘に夢中になり、さっさと手元に召せばいいものを自由にさせている。


 彼女に好きな男がいる? 今の人生の後でもいい? その程度の思いを恋愛と呼ぶカオスに苛立った。欲しくて手を伸ばしても届かず、喉を涸らして泣き叫んでこその激情だ。その痛みも苦しみも知らず、なんでも望むものを手に出来るくせに。


 余裕をかましたあの男が泣き叫ぶ姿が見たい。地に伏せて、赤い涙を流して苦しめばいい。だから手にした若い女神を唆した。何も持たない私に憧れる愚かで惨めな女神に、王太子リュシアンを手に入れろと。それが私に近づく近道だと囁く。すぐに行動を起こした女神に、リュシアンはあっという間に陥落した。


 地位の低い神相手であっても、勝てる人間はいない。カオスが目を離した隙に、お気に入りの首を刎ねてやった。さぞ泣き喚いて見苦しい姿を見せるだろう。そう思って期待した私を裏切ったのは、圧倒的な力だ。己の持つ能力の一部を手放し、対価として15年の時間を巻き戻した。


 強ければ何をしてもいい。何を望んでも許される。神でも人でも同じ法則があり、その法則は残酷にも、私の願いを叶えなかった。そしてカオスの願いは叶えるのか。


 ならばと仕掛けを施した。カオスが暴走した混乱に甘くなった監視の目をくぐって、レティシアというお気に入りの周囲に置く駒に仕掛けを施す。彼女自身に触れたら気づかれただろうが、リュシアンは盲点だったのか。いや、逆にどうでもよかったのだろう。


 捨て置かれた駒は最高の動きを見せた。操ることもなく、植え付けた妄想と感情で暴走する。前世で徹底的に壊した理性は機能せず、レティシアを手に入れようと動く。邪魔されるのは想定内で、その後のレティシアに呪詛という楔を打ち込むつもりだった。


 聖女はカオスと深く繋がる。聖女が呪われたら、カオスは己を身代わりとするはずだ。穢れた最高神を引きずり下ろし、私の足元に這いつくばらせる――なのに、どうして私がこんな目に。


 手足とした女神が捕まり引き裂かれ、私は追い詰められていた。カオスが相手だと知った途端、ほとんどの神族は逃げてしまう。残ったのは後のない者達ばかり。勝てる筈がない。圧倒的な戦力差でも、もう逃げ場はなかった。


 今までに見せたことのない微笑みは、ぞっとするほど美しい。これこそ最高神の本性か。穏やかな態度と表情に隠されてきた内側は、誰より汚く醜く悍ましい。なのに目が離せない美しさを感じた。私が望んだものは手が届かない。だって、私にこんな黒い面は受け入れられないのだから。

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