第46話 新たな女神(SIDEヤクシ)

*****SIDE ヤクシ




 カオスという名に秘められた力は、正しく導く光ではない。どちらかといえば混沌とした闇だ。善悪の区別なくすべてを飲み込み、消化し、消滅させるだけの存在。世界のすべてを生み出すのが最高神ではなく、終わらせるのが彼の役目だった。


 生み出すための女神はすでに失われた。彼女の喪失がカオスを狂わせ、そして新たな女神の誕生が希望を灯したのだ。足元の花々を育む程度の感覚で野放しにした人間の中に見つけた光を、カオスは大切に両手で拾い上げる。消えてしまいそうな小さな光だった。


 光に相応しい器を見繕い、中に入れた。まだ女神として立つには幼過ぎる魂に、経験を積ませようと考えたのだろう。そこに監視と護衛を付けたのに、わずかな隙を突いて彼女は首を飛ばされてしまった。愛情を学ぶためと自制したカオスの前で、彼女は祈りを捧げて散る。


 暴発したカオスの力が世界を作り替えた。そのために彼が手放したのは、己の権能の一部だ。世界を終わらせる能力を犠牲にして、女神を含めた時間を巻き戻そうとした。足りずに右目の視力を差し出す。それでも足りずに魂の一欠片を溶かした。


 圧倒的な神力によって戻された時間は15年――他の神々なら己の全能力を差し出しても足りなかっただろう。そこまでして守った女神を、今度こそ手放さず済むように。強く願いながらも、彼は聖女が地上にあることを許した。


 唯一、カオス神を殺すことができる女神――ただ1人カオス神を愛し愛される乙女。


 デメルは欲が強すぎた。彼女の首を刎ねた時点で、手を引けばよかったのだ。そこで諦められないからこそ、彼女はデメルという個を形成していられる。強い欲こそが彼女の芯であり、失えない願いだった。その欲こそが、デメルの願いを遠ざけたというのに。


 最高神の地位は、すべてを亡ぼす神の名称でもある。情け容赦なく他者を切り捨て、己自身も刻むことが出来る神でなければ……最高神の地位に就くことはない。デメルが最高神の地位を望む欲を強く持つほど、遠ざかる皮肉な結果を生んだ。


「お前は……そうだね、その欲が消えるまで塵になるといいよ」


 温情とも思える言葉の直後、デメルの体が崩れていく。神としての力も地位も権能も、すべてが砂粒のように細かく粉砕されて世界に散った。


「嫌よ、私はいつか……っ」


 最高神になる。その言葉を言い切る前に、デメルという女神は消えた。慌てる下級神を、マルスとフジンが狩っていく。悲鳴を上げて逃げ惑う神が次々と切り裂かれた。王太子リュシアンを誑かした女神も、デメルに従った神も。誰も逃げられはしなかった。


 退屈は上位神の宿命で、それゆえに怠惰な日々を過ごす。いつか自分に逆らう種を蒔きながら、その成長を待つのだ。愚かな繰り返しが終わらぬ神族の営みを、新たな女神は変えてくれるだろうか。

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