第39話 私、何か変なことを?

「やっぱり、レティだった」


 カオス様の声より早く、私は変化に気づいて目を見開きました。涙が落ちた場所に、新しい緑が見えます。何かの芽でしょうか。それはじわじわと茶色の大地を覆い始めました。


 見渡す限りの広大な土地のほんの一点。わずかな面積です。見守っている私の手のひらより小さな、でも確かな生命の息吹でした。


「これ、は?」


「どの神もなし得なかったことだ。この枯れた地は元々美しい緑の草原だった。湖があり、魚が泳ぎ、鳥が集う。ある神が消失した直後から、この有様なんだけど」


 僕ですら癒せなかった。冗談のようなことを口にしたカオス様が、私を抱き寄せました。離れてしまってもいいのでしょうか。すごくゆっくりですが、緑は大きくなっていました。


「時間がかかりそうだけど、君が僕のお嫁さんになる頃には蘇るね」


「本当ですか!」


 嬉しくて微笑むと、緑の草がぴょこんと顔を出して小さな白い花を咲かせました。まるで私の感情に呼応したみたい。驚きよりおかしくなって、ふふっと笑いました。緑はまだ広がり続けています。大木が地上に這わせた根に苔がついて、とても神秘的でした。


「レティに悪影響が出ないうちに戻ろう。次に来るときは、緑の大地が蘇っていると思うよ」


 カオス様の言葉を抱きしめ、私は目を閉じます。その瞼の上を、カオス様の手が覆いました。私よりわずかに冷たい指先、そしてふわりと揺れる感じがして。


「レティ」


 名を呼ばれて目を開くと、臙脂の客間には先客がいました。神様しか入れない部屋に、男女5人の神様がお待ちです。慌ててカオス様の腕から降りて礼をしようとしたのですが、離して下さいませんでした。


「カオス様っ!」


 声を上げると、年老いたお爺さまのような神様が笑います。


「おやおや。最高神カオス様も形なしじゃの」


「嫁さんの前だとみんなこんなもんだろ」


 赤い髪の青年が肩を竦めます。それから美しい水色の髪を揺らす女神様が、私の頬に触れました。


「可愛いじゃない。いい子を見つけたわね」


「お前ら。うるさいぞ」


 むすっとしたカオス様は、手短に紹介してくれました。赤毛の青年は火の神で戦いを司るマルス様、白いお髭の神様は薬にお詳しいヤクシ様、水色の女神様は見た目通り水を司る慈悲のアクア様。緑の瞳が美しい銀髪の少年は風と争いの神フジン様で、穏やかな微笑みを浮かべた金茶の髪のお姉様はペルセ様でした。


 遅ればせながら私も挨拶を返させていただきます。


「うん。可愛い、合格ね。カオスが選んだというから、どんな子かと思えば……あなたにこんな趣味があったなんて」


 ペルセ様が揶揄うような言い方をされ、カオス様は首まで真っ赤になりました。神様同士ですと、こんなに感情豊かなのですね。新たな一面を発見しました。


「枯れた地を潤してくれてありがとう」


「いいえ。私は何も……ただ、泣いただけです」


 謙遜ではなく、フジン様にそう返しました。すると……ヤクシ様が大きな声で笑います。ペルセ様まで。私、何かおかしなことを言ったでしょうか。

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