第28話 非情な宣告(SIDEクリストフ)

*****SIDE クリストフ




 可愛い娘を腕に抱いた最高神の降臨は、予想外だった。王太子リュシアン殿下の去就を決するために集まった貴族は、一斉に王家に背を向ける。


 聖女様となったレティシアを害そうとした。その一言は、神ご自身の口から出た真実だ。疑う余地はなく、あの王太子ならやりかねない。そう思ったのも事実だった。


 私を試す言動をしたあと、何かがお気に召したらしい。カオス様は私が治める国を見たいと口にされた。神託ではないが、それに近い強制力が働く。神殿はもはや王家を見限り、我が家を新たな王族として認めただろう。後ろに集まった貴族達も、心の中での不満はともかく、認めざるを得まい。


 こうなることを忌避していたのに。神は人ではない。故に簡単に物事を推し測ろうとなさる。己の力の大きさや影響力を考慮せず、思ったままに言葉を発し動かれるのが常だった。


 我がラ・フォンテーヌは、かつてこの大陸を支配した王族の末裔だ。巨大文明を築き、大陸の大半を支配下に置いた。それゆえに驕り、滅ぼされた。直系はすでになく、我が家も傍流の一本に過ぎない。他国から侮られ滅ぼされぬよう力を誇示しつつ、危険視されないよう抑えてきた。


 過去の努力が一瞬にして無になったのだ。


「……御下命、しかと承りました」


 ならばこの程度の仕返しは構わないだろう。私も家族を守らなくてはならない。レティはカオス様ご自身が守られるだろうが、愛しい妻と生まれてくる子を守る義務は私にある。もちろんレティが助けを求めるなら、私は全力で手を伸ばす。そのために、カオス様の命令であったという『形式』は必要だった。


「なるほど。僕は賢い人間は好きだ。気紛れを本気にさせてくれたまえ」


 今は気紛れで押したが、本気で加護を与えるくらいの手腕を見せろ。そう言われてただ頭を下げる。隣でぎりりと歯を食いしばる音が聞こえた。王妃殿下だろう。我が子は神に見捨てられ、臣下であったラ・フォンテーヌに頭を下げる立場に落ちた。誇り高い王家の方々には、恨まれる。


 すべて私が背負う。恨みも妬みも、この身に引き受けて浄化しよう。だから我が妻と子らに幸せを――。


 顔を上げた先で、カオス様は穏やかに微笑んで頷かれた。この方がついておられるのだ。他国からの干渉をかわし、新たな国を守り抜いてみせる。決意して姿勢を正した。そんな私に、神官長達がゆっくり膝をついた。後ろに従う貴族達も同様だ。


「カオス様の仰せのままに」


 口を揃えた服従に、神はどこまでも穏やかな顔で頷く。満足げに、そしてどこか楽しむような顔で。


 きっと王太子であったリュシアン殿は、今後辛い思いをするはずだ。破門された人間に何かを施すことは、神殿に禁止されていた。彼は今後口に入る食べ物を自ら育て、奪い、得なければならない。住まう場所、着る衣服、細やかな小物や薬に至るまで。


 哀れに思う反面、貴族として気づいてしまった。同情するほど、長く生かしてもらえないのではないか。頂点から最底辺まで落ちることを考えれば、いっそ死ぬ方が楽だろう。まだ子供なのだ、先が長過ぎる。


 そう考えた私を見透かすように、神は一言こう宣言された。


「罪人リュシアンを傷つけてはならぬ。殺してもならぬ。手をだせば神罰が下るであろう」


 ――なんという、非情さか。

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