第16話 気づいてしまった恐怖
神託が降りたことで、教典の神話が現実になりました。私の周囲は騒がしくなり、今日も見も知らぬ王族の方がお見えです。
「こちらのご令嬢が聖女様か。私は隣国の王子オーギュストです」
神殿から派遣された護衛の騎士が、常に同席します。家族以外の異性と2人になってはいけない決まりが出来ました。一公爵家の幼女に、他国の王族が頭を下げるのも日常になっています。最初は驚きましたが、いい加減慣れました。
慌ててお返事していた頃もありますが、神殿の神官様のご指導で、お話はしなくてもいいと言われました。変な質問に答えてしまうと、良くないそうです。そのため微笑んで、肯定も否定もせずに聞くだけでした。子供の体に引き摺られたのか、眠くなります。
お母様に頂いた青い表紙の日記は、前世の記憶が書かれていますが、途中からお会いした方の名前リストになりました。カオス様が定期的に確認しています。
「兄と違い、正当な血筋の私が跡を継ぐ方が良いと思われませんか」
どうやら継承権争いですね。カオス様の花嫁に選ばれたからと言って、別にカオス様の代理人ではありません。政治的なお話をされても何もお答え出来ませんわ。難しい話に入ったところで、神殿騎士に促されて王族の方はお帰りになりました。
貼り付けた微笑みが引き攣りそうでしたので、ほっとして背もたれに寄り掛かります。お行儀が悪いですが、許してくださいね。少し休んでから起き上がり、青い表紙を開いて、今日の日付のページに隣国の王子の名を記します。前世の記憶があるおかげで、他国の方のお名前も正確に記載出来ました。
神殿騎士の方に褒められましたが、人生1回分ズルしているので心苦しいですね。家族以外の異性と2人で同席しないルールは、カオス様が直々に神殿に神託を降ろしてくださったそうです。私が王太子のリュシアン様を恐れているためでしょう。
あれから2回ほどお見えになりましたが、いつも神殿騎士がいますし、お父様やばあやが居てくれるので安心です。もうすぐ弟も生まれますし、我が家は安泰ですね。
そう思った矢先、ばあやに手紙が届きました。ばあやの実家である男爵家の、お取り潰しに関する書類です。すぐにお母様やお父様も目を通し、王家に抗議をしてくれましたが、覆りませんでした。生まれ育った家や領地を失うことになるそうです。
恐ろしい話に、遠ざかっていた恐怖が蘇ります。私はカオス様のお嫁さんになる。だから誰も手出しできないけれど、周囲の人は? ばあやだけじゃなくて、仲のいい侍女のクロエも同じ目に遭うかも知れません。お父様やお母様も、公爵家である以上王家の命令に従う義務があるのです。
もしかしたら、ばあやの実家がなくなるのは……私のせいではありませんか。そう考えたら恐ろしく、その夜は震えながらベッドの枕を涙で濡らしました。
「おやおや、僕の可愛いお嫁様を泣かせたのは誰だろうね」
深夜を過ぎて月が傾いた頃、ベッドの脇に現れたカオス様が手を伸ばします。黒髪がさらりとシーツの上に散って、私はあっという間に腕に抱き上げられていました。顔を隠すことも出来ぬまま、濡れた目で見上げます。
「何がそんなに恐ろしいのか、僕に話しておくれ」
お母様が作ってくださった人形を抱き締め、私はぽつりぽつりと話し始めました。ばあやを襲った不幸と、周囲を傷つけられる可能性への恐怖。無力な自分に対する怒り……さまざまな感情を吐き出したので、順番がおかしくて聞きづらかったでしょう。
ですが、カオス様は最後まで遮らずに聞いて、ただ頷いてくださいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます