第15話 神託が降りた夜

 落ち着いたところで、カオス様のお顔が近いことに気づきました。見る間に顔が赤くなるのが分かります。恥ずかしくて両手で頬を覆います。耳や首も真っ赤でしょうか。


「可愛い」


 ぼそっと呟かれた言葉が聞こえなくて、ちらりと上目遣いで視線を合わせます。でも、黒い瞳の美しさに照れて、目を伏せてしまいました。私の黒髪はカオス様と同じ色ですが、まったく艶も美しさも違います。公爵令嬢なので手入れは人並み以上なのですが、やはり敵いませんね。


「レティ、僕がこうして来たのは、君の意思を聞きたかったからだ。神託を降ろしたら、もう撤回は出来ない。僕の妻になってくれる?」


「は、い……私で、この私でよろしければ」


 婚約者がいた前の人生はもちろん、今も私は誰にも触れさせていない。その唇を震わせて答えると、微笑んだカオス様が触れるだけのキスをくださいました。


 羽根が掠めたような、優しい一瞬です。両方の人生合わせて、初めての口付けは降ってきた雪のように淡くて、春の日差しのように温かでした。


「よかった。レティは僕の聖女で、お嫁さんになる。これは決定事項だよ。だから……もうあの王太子に怯える必要はない」


「はい」


 守ってくださる。美しく優しく、強い神様に私は望まれた。それが誇らしく、嬉しく、とても満たされる気持ちです。


「さて。そろそろ扉の外の父君が心配しているかな」


 くすくす笑うカオス様が扉を指さすと、開いた扉に寄りかかっていたお父様が転びそうに部屋に踏み込み、慌てて姿勢を正しました。こんなお姿、初めて見ましたわ。驚いていると、廊下に椅子を置いてお母様がおられました。体に悪いからと椅子を運ばせたのでしょう。申し訳ないことをしました。


「お母様、お身体は……」


 駆け寄ろうとして、カオス様のお膝に乗っていたことに気づきます。飛び降りていいのかしら、でも失礼だわ。困っていると、微笑んだカオス様は私を抱き上げたまま廊下に向かいます。慌てたお母様が椅子から立ち、膝をつこうとしました。


「だめよ、お母様……お腹に障るわ」


「そうだ。動くでないぞ」


 押し留める神様の声に、お母様は椅子に座り直しました。姿勢を正したお母様の隣で、お父様が膝をついて頭を下げます。抱っこされた私が見下ろす形になり、居心地が悪いですわね。


「そなたらの娘レティシアを、我が聖女として定める。レティの了承はすでに得た。そのように心得よ」


「「はい」」


 お父様とお母様の返事が重なり、ラ・フォンテーヌ公爵家は最高の栄誉を賜りました。聖女は神様の妻となるため、私はもう殺される心配はありません。それに優しく美しいカオス様の妻になれるなんて、嬉しくて頬が緩んでいました。


「幸せにおなり、レティ」


 いつも私の天使と呼んでくれるお父様の声が、少し涙ぐんで震えています。お母様も言葉がなく、微笑んだお顔が濡れていました。


 ジャン=クリストフ・ラ・フォンテーヌ並びにアドリーヌ・ラ・フォンテーヌの娘、レティシアを聖女と定める――その夜の神託はすべての国の神殿に降ろされ、翌朝には各国の王族へ知らされました。

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