第14話 愛していたのでしょうか
カオス様が立ち上がる気配がして、私は慌てました。おもてなしをせず俯くなんて、失礼です。しかし立ち上がったカオス様は近づいてきて、私の座る一人掛けソファの肘置きに腰掛けました。
「あ、あの」
「レティ、僕は君の考えが読める。気持ちもわかるつもりだよ。だから勘違いを正したい」
「勘違い、ですか」
どこに勘違いがあったのでしょう。少し前の会話は、特におかしくなかった気がします。私の黒髪にカオス様の指が触れました。撫でてから頬に移動し、顎に優しく指が掛かり……。
「上を向いて、僕のレティ」
「カオス、様?」
言われるまま、カオス様のお顔を見上げます。吸い込まれそうな黒い瞳は、どこまでも奥が深くて……これはお心が限りなく広く深い証拠でしょう。
「過去の君は、僕の聖女になるはず
8歳で婚約した私は、そんな話を知る由もなく……リュシアン様に夢中でした。優しい金髪碧眼の王子様に求婚され、婚約して有頂天だったと思います。その私を、見捨てずに見守ってくださったのですね。
驚きと感激で声が出ません。開いた唇を閉じて、また開くのですが……何も声が出せずに、涙が零れました。
「泣かせたいわけじゃない」
カオス様は私を抱き上げ、代わりにソファに腰を下ろしました。膝の上に横抱きにされて、6歳の子供に返った私は泣きじゃくります。だって、神様はなんでも手に入れられるはず。私が王太子殿下の婚約者であっても、神殿に神託を下ろして娶ることも出来たでしょう。
「そんなことしたら、君は僕を好きになってくれないじゃないか」
くすくす笑って、黒髪にキスが降ってきます。その深い愛情が嬉しくて、同時に気づかなかったことが悔しくて、気持ちがぐしゃぐしゃでした。言わなくても気持ちが通じるから、私は心の中に浮かんだあらゆる言葉をカオス様に晒します。
「うん、大丈夫。そうだよ」
他人の妻になって子を産んで、孫に見送られて死ぬ。その後でもいいなんて、神様が望むことじゃありません。奪ってくれて良かったんです。こんなに愛してくれる人がいたなら、きっと私も愛せた……はず……?
泣き叫んでいた気持ちが、すっと鎮まりました。私は、王太子リュシオン様を信じ愛していた。なのに何故「愛せたはず」などという言葉が出てきたのか。まるで愛していなかったみたい。
「あの頃はね、君が王太子を好きで愛していて、心から結婚を望んでいると思った。そう見えたから、僕は君の心を読まなかったんだ」
まだ泣きじゃくった幼い体はしゃくり上げて、息が整わない。背を軽く叩きながら、身を揺すってカオス様は落ち着かせようとしていました。素直に体から力を抜いて身を預けると、すごく心地よいのです。
こんな安心感、家族以外に感じたことはありません。
「僕以外を好きだと叫ぶ君の心を読んだら、冷静でいられる自信がなかった。21歳になって結婚間近になった頃、僕は少しだけ君から目を離したよ。花嫁姿を見たかったけれど、見たら我慢できなくなる。でも……我慢しきれなくて覗いた君はっ!」
びくっと私の肩が揺れました。あの時、確かに私は一度殺されたのです。この黒髪を乱暴に掴まれ、跪かされ、お父様や弟の前で首を……切り落とされた。そう思ったら、怖くて震えが止まらなくなります。
「思い出させてしまった、ごめんね」
カオス様の声に慌てて首を横に振りました。ぎゅっと強く抱き締めてくれるのが苦しいのに、すごく幸せで、きっと私は安心しているのです。この方と一緒なら、もうあんな目に遭わずに済む。
「だから助けた。二度と他の男には渡さないためにね」
明るい口調でそう告げるカオス様に、私は小さく頷きました。
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