第13話 私はもう選ばれないのでしょう

 神様という存在は、感じられても見えないと思っていました。話せても触れられないと……なのに。目の前に立つお姿は、紛れもなくカオス様なのです。


 真っ白ではなく、柔らかな薄ブラウンの肌を縁取る黒髪。腰くらいかと思っていましたが、膝の辺りまで長くて驚きました。黒い瞳は吸い込まれるような美しさで、見惚れます。整った麗しいお顔は、神像より表情が柔らかく感じられました。


 お父様とお母様もご一緒に迎えてくださったのですが、お父様の同席は許可されませんでした。緊張しますが、おもてなしは私一人で対応します。侍女やばあやも廊下で待機でした。


「完璧だ。さすがレティの父君だけのことはある」


 公爵だからではなく、私の父だからと褒めていただけたのは嬉しいです。頬を染めて、向かい合わせに腰掛けました。


「ありがとうございます、カオス様。昼間は知らずに失礼いたしました」


「構わない。君が僕を知らないのは、分かっていたから。どうしたの? 聞きたかったのだろう?」


 カオス様はすべてお見通しですね。軽食の焼き菓子を摘んで半分に割る、カオス様の整った指先に目が吸い寄せられます。緊張しすぎて、喉が渇きました。ごくりと唾を飲んでから、唇を少し舐めます。お行儀悪いかしら。


「私は、死んで生まれ変わったのですか? それとも未来の記憶は夢なのでしょうか」


「未来の記憶、うまいこと表現するね。これから起きる未来の出来事を、君は過去として体験済みなんだ」


 時間は、真っ直ぐに消費されるものではない。そう言われた気がしました。


「君が体験した過去は真実で、冤罪であの王太子に殺されたのは事実。だから、レティが殺されない未来へ続く時間軸へ戻した」


 難しすぎます。首を傾げて考え込んでしまいました。6歳では全く分からないし、21歳でも理解に苦しみます。神様は、いつもこのように難しいことを仰るのでしょうか。神官様という役職の必要な理由がわかりました。


「私には難しいみたいです」


 正直にわからないと伝える。気分を害されるかと思ったのですが、カオス様は笑って頷きました。


「それが正解だ。嘘をつかないところが、レティの良さだよ。君が殺された瞬間に、僕は君の魂を6歳だった頃へ戻した。時間を逆行したんだ」


 今度は多少理解できました。あれですね、長いリボンを切って繋いだように、時間の流れをなかったことにしてしまったのでしょう。


「さすが、僕のレティ」


 僕の、ですか? え、あの……私の考えが読めているような気が。


「読めるよ。レティは僕のんだから」


「カオス様の聖女、って」


「そう、お嫁さん」


 教典の中に記されている一文が頭を過ぎります。『全知全能なる神は、未来に生まれる半身を聖女と名付けられた。乙女は神の妻となり世を愛で満たすであろう』


「聖女だった、と」


 過去形なのは、もう違うから? そうですよね、私は婚約者がいた人間の女に過ぎません。聖女様には別の方が選ばれたのでしょう。涙が滲みそうで俯きました。

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