第9話 神様によく似た紳士

「お迎え、ですか?」


 約束の部分はよく分かりませんが、やはりお父様のお知り合いでしょうか。子供の私が出かけたので、心配になってご友人に声を掛けてくださったのかも知れません。よくわからないので頷いて、そのまま通路へ進みます。


 神殿の椅子は長椅子になっています。中央に大きな通路があり、その左右に長椅子がくっつけて並んでいました。最前列を抜けて通路へ出ると、王太子殿下が駆け寄ります。しかし、途中で神官様に止められました。


 王太子殿下を止めるなんて、凄い勇気ですわ。何かを囁かれ、慌てて王太子殿下は椅子に座り視線を逸らします。神殿の神官様も通路の絨毯や椅子に座り、頭を下げて敬意を示しました。


 そっと見上げると、隣の紳士は穏やかな笑みを浮かべ頷きます。お父様は公爵ですから、どこか隣国の王族の方でしょうか。美しい黒髪に見惚れながら通路を歩き、途中で慌てて足を止めます。


「あっ」


「何かあるのか」


「カオス様にお礼をしておりませんでした」


 くすくす笑い出したものの、隣の紳士は一緒に振り返ってくれました。神像に一礼して顔を上げ、麗しいお姿を目に焼き付け……あら。そんなこと、あるのでしょうか?


 右上位のため、私の右手を取ってエスコートする紳士を見上げます。優しそうなお顔……正面のカオス様とそっくりでした。4〜5回繰り返した後、恐る恐る問いかけます。


「カオス様に似ておられるのですね」


「よく言われる。でも僕の方がカッコいいと思うよ」


「はぁ」


 相槌を打つわけにいかず、曖昧に答えます。神々の長であるカオス様の神像を貶すようなことは言えず、でも助けてくださった王族らしき方に失礼も出来ません。ここはズルい逃げ方一択です。


「私はあなた様のお顔が好きですわ」


 どちらが上か下か決めず、単に好みの問題として逃げる。これならば後で咎められても、いくらでも言い訳出来ますからね。貴族階級お得意の会話術のひとつですが、いかがでしょう。


「……ふふ、そう言ってくれると嬉しい。さあ、行こうか」


「はい」


 物言いたげな眼差しを向ける元……いえ、未来の婚約者を無視して外へ出ました。ばあやに肩を貸した騎士が続き、侍女達が慌てて従います。公爵家の馬車の前で立ち止まり、丁寧にお礼を言いました。


「助けてくださり、本当にありがとうございました。お父様にお名前をお伝えしたいのですが」


 子供だから分からない。そんなフリで語尾を濁して、名乗ってくれるのを待つ。添えていた右手を掴まれ、気づいたら紳士に抱き込まれていました。


「僕はカオス、今夜会いに行くから待ってて」


「え?」


 次の瞬間、嘘のように彼の姿は消えていました。カオス様の神殿で、カオス様に似た男性に、カオス様だと名乗られる。混乱しながら馬車で帰宅する私は、よほど百面相していたようです。


「お嬢様、カオス様にご神託でも頂いたのですか?」


 突然祭壇の前で倒れたりしたものだから、勘違いさせてしまったわ。慌てて首を横に振る。


「いいえ、違うわ。先程の紳士が気になったの。お父様に聞いてみるわね」


 ちょうどその時、馬車が門を潜りました。見慣れた屋敷の庭に咲く百合が気になります。馬車をおりた私は、執事に百合を部屋に飾ってくれるよう頼みました。


 なぜか、そうするのが正しいと知っていたのです。

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