第7話 なんでここに?

 カオス様の神殿では、神官様が出迎えてくれました。騎士の1人が先行して連絡していたようです。公爵家といえば、王族に次ぐ貴族の最上位です。神官様も丁寧に応じてくれました。


 馬車から降りてきたのが私で、ごめんなさい。お父様やお母様なら、寄付のお願いが出来たでしょう。一応ご用意はしたのですが、子供なので高額は無理でした。


 騎士のエスコートで降りてから一礼します。世俗を離れた神官様は、神様の僕となります。これは神様への礼儀のひとつでした。それから後ろのばあやを振り返り、籠を受け取る。


「こちらはお菓子です」


「ありがとうございます」


 いま、がっかりしましたね? 意地悪をしてしまいました。だって私が降りた時、小さく溜め息を吐くんですもの。気づかれてますわよ。


 本命はこちらです。重いので、若い侍女が2人掛かりで運んでくれました。神殿の階段2段目に置くのがマナーです。置いてほっとした顔の侍女達に小声でお礼を言いました。


 私なりに奮発したつもりです。


「こちらもお納めください」


「これ……っ! 感謝申し上げます」


 にっこり笑って会釈した。これで神殿の方の印象は良くなったでしょう。長くカオス様の像の前にいても、許されそうです。中身が21歳なので、お許しくださいね。


 すぐに神殿の奥にあるカオス様の像まで、案内していただけました。その間に2人の若い神官様が駆け寄って、寄進の箱を抱えます。大量の金貨をお父様にお強請りした甲斐がありました。


 吹き抜けの大きな聖堂内は、美しく優しい緑の光が降り注いでいます。気持ちがとても落ち着く場所でした。静かな聖堂のあちこちで、思い思いに神に祈る方々の脇を神官様とすり抜けます。神様のお姿が一番美しく見えると言われる、席に案内されました。正面より3つ左の最前列です。


 座って見上げると、あまりの神々しさに自然と両手を組みました。整ったお顔はもちろんですが、僅かに伏せた眼差しが慈悲を湛えておられますね。私は静かに頭を垂れました。


 時間を戻していただいたお礼を、知っている言葉を尽くして重ねます。そして未来を変えるお許しが欲しい、何度も心の中で繰り返しました。


 何も言葉は聞こえません。ですが、誰かが私の頭を撫でてくれました。ばあやではなく、もちろん神官様や騎士でもありません。頭全体を包んでくれそうな大きさでした。


 お母様や生まれてくる弟の無事を、それから大切な家族であるお父様とばあやの健康もお願いして、ようやく目を開きました。


 振り返ると、後ろの席でばあやも手を合わせていました。侍女や騎士達も……カオス様の神像の近くに寄れるのは、滅多にない機会ですもの。みんなもお願いしておけばいいわ。微笑んで見守った私は、ざわめく入り口の扉に目を移しました。


 誰か上位貴族の方でもいらしたのでしょうか。椅子をお譲りしなくてはいけませんね。神様は誰のものでもありませんから。短い足が届かないので、軽く飛ぶようにして着地します。もう一度振り返り、私は目を見開きました。


「うそっ」


 恐ろしさに手が震え、自分を抱きしめていました。目の奥が熱くなって、潤んできます。感動ではなく、恐怖で――。


「ああ、よかった。今日は会えました」


 そう微笑んだのは、2歳年上の……王太子殿下リュシアン様。婚約者であった私を捨てて別の女性を選び、死を宣告するその声で、何を言うの?


「あ、ぃや……」


「レティシア、もう具合は大丈夫?」


 優しい声も、穏やかな微笑みも、すべてが怖い。嫌よ、近づかないで、触れないで。話しかけ、ないで……思い出してしまうの。


 近づくリュシアン様から逃げるように、私は後ろに数歩下がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る