06 執着
教頭はきびすを返し職員室へと向かっていった。
「ふう、もう少しで見つかるところだった、それにしてもなんてタイミングで来るのよ、これからは気をつけた方が良いわね」
包丁を胸に突き立てる。予想が正しければ前と同じでなにも無かったことになるはず、もしその予想が違っていたらと考えると怖いけれど、私達は赤い糸で結ばれているから大丈夫よね。
ズブッ
胸に押し込む。文字通り心臓が張り裂けそう、彼に寄り添う。彼の顔を見ながら私も二度目の死を迎える。
――――
「ッ!」
胸の激痛で目が覚める。自宅のソファで横になっていた。時計を見る、あれから3時間ほど経っていたのか外はもう暗い。
「思った通りだわ、なぜかわからないけど死なない、そして彼もきっと生きている、この不思議な力があれば彼の告白は邪魔できる、そのうちあきらめて私に振り向いてくれるはずよ」
胸の痛みを我慢しながら明日の準備をする。明日の彼の反応が楽しみね。
今日はどのような夢を見るのか期待して眠る。
夢の中でグラウンドの光景が見える、彼が走っている、部活の最中かしら。どこか疲れた様子だけど今日のことでも思い出しているのかしら、どうやら彼も記憶は引き継いでいるようね。この胸の痛みは彼と私だけの秘密、赤い糸どころかもはや一心同体ね。
ん?どうしたのかしら、顧問に呼ばれている、片付け?彼にそんなことさせるなんて、なんてひどい先生なの!自分で片付けなさいよ!
場面は移り倉庫でひとり片付けをしている彼が見える。なんてかわいそうなの。
『手伝おうか?』
誰かが話しかける。あれは同じ陸上部の谷﨑とかいったかしら、この女も嫌いよ。しつこく部活に誘うなんて、本人のやる気が無いならほっとけばいいじゃないの、目障りね。
『ごめん、これも倉庫に入れていいかな?』
ふたりで片付けているのを見ていたらまた誰かが話しかけてきた。またなの!なによこの女、なんで毎回、彼と関わろうとするのよ!
有島葉月、クラスでちやほやされているからって調子に乗っているのかしら、本当に憎たらしい。
その後、谷﨑はカギを返しに行って彼とあの女が人通りの無い所で二人きりになっている、もしかして。
『有島さん! 俺と、俺と付き合ってください!』
「イヤ!」
そこで目が覚める。なんであきらめてくれないのよ、そんなことしたらどうなるかわかるでしょう?仕方ない、こうなったらまた計画を立てる必要があるわね。
夢では日付まではわからなかったが場所と大体の時間はわかる。あそこなら非常階段で待っていれば良いわね。さすがに上からだと包丁は使えない、どうしましょう、倉庫から何か重い物を調達しとけばいいかしら。
翌日、学校に着くと彼が不機嫌そうにしていた。いつも仲よさげに話している川北あずさとは目も合わせていない。ケンカでもしたのかしら、それはうれしい限りだわ、あの女もうざったいと思っていたのよね。幼なじみだか知らないけど下の名前で呼び捨てにして。
昼休みのうちに倉庫に行き凶器に使えそうな物を物色する。なにが良いかしら。倉庫を見渡していると砲丸が目に止まる。私でも持ち運べそうだし丸いから空気抵抗をあまり受けず真っ直ぐ落ちてくれそう。
3個の砲丸を非常階段に隠しておく。あとは決行の日まで毎日待機しとくだけ。
放課後になり彼は部活に行った、もしかして今日のことかしら、そうだとしたら早めに準備しといて良かった。
グランドを注意深く見ていたら彼が顧問に呼ばれていた、夢と一緒、やっぱり今日なのね。急いで非常階段に向かいその時が来るまで待つ。
しばらくすると二人が来た、親しげに話をしている、私の砲丸を持つ手に力が入る。非常階段の下で立ち止まる。ついにきたわね。
「有島さん! 俺と、俺と付き合――」
その先は言わせないわよ!狙いを定め砲丸を落とす、この高さなら外れることはない。
「俺と付き合――ッガ!」
ちゃんと当たったわね、念のためもう一個落としときましょう。
「ゆ、湯ノ本くん! 大丈――ッグ!」
あら、あの女に当たっちゃった、まあ良いわ、邪魔だったしついでよ。
彼はまだ生きていた。とどめを刺すため砲丸を手に階段を降りる。彼があの女に近寄ろうとしている。
「ダメよけんくん、こんな女なんかと付き合ったら幸せにはなれないわ、あなたを幸せにできるのは私だけなの」
そう幸せにできるのは私だけ、そして私を幸せにできるのもあなただけ。
「愛しているわ、けんくん、また逢いましょう」
頭めがけて振り下ろす。その時、彼がこちらに振り向いた。
グシャッ
骨の砕ける音が聞こえる。もしかして顔を見られたかしら。たぶん大丈夫よね。先に頭を砕いているからまともに意識を保っていられないでしょう。
さて、私も彼の痛みを共有しないと。なんたって私達は一心同体だもの、彼の痛みは私の痛み。
「同じ砲丸を使いたいけど自分でやると狙いは定まらないわよね、そうね、飛び降りにしましょう」
再び非常階段を上り頂上に着く。顔を潰しちゃったから私も顔を潰さないとね。顔を真下に向けたまま飛び降りる。
グシャッ
視界が暗くなり私は即死した。
――――
気づいたらトイレの個室に座っていた。
「今回も成功ね、けんくんはどこに――ッ!」
顔が痛い、今まで生きてきた中で一番の痛みだ。トイレでうめき声を上げながら顔を押さえる。
「これほどまでに激痛だなんて予想外だわ、けんくんに悪いことしちゃったかしら、でもけんくんがあんなことをしなければこんなことにならなかったのよ」
痛みが引いてきたのでトイレを出る。まだ1時間ほどしか経っていない、彼も校舎の中にいるかもしれない、ふらつきながら彼を探す。
保健室の近くを通っていたら谷﨑が保健室から飛び出してきた、怒っているように見える。なにかしら?保健室を覗く。
『くっ! 痛い』
彼がベッドの上で苦しそうにしている。彼も顔が痛いのね、私もよ、この痛みは私達だけのも、これからもその痛みを忘れないでね。彼に話しかけたいが私もまだ痛みが残っているのでまともに会話をできそうにない、今日はもう帰りましょう。
保健室を後にし、帰路につく。
翌朝、教室に入るとひとりの男子が雑誌を読んでいた。学校に雑誌は持ち込めない、ここは教師らしく注意しないと。
「佐藤くん、学校に雑誌はダメよ、先生に渡しなさ――ッ! なによこれ! 未成年がこんな物を読むなんて!」
まさかの成人本だった。これだから男子は。
「佐藤くん! こんな物を学校に持ち込んでいいと思っているのですか!」
「それはその……俺のじゃなくて、のっちんの物で」
そんな、けんくんのなの!私というものがありながらこんな本を読むなんて、許せない!
教室に彼が入ってくる。
「湯ノ本くんのなのね! 湯ノ本くん! あなたも放課後、職員室に来なさい!」
放課後、職員室でふたりに説教をする。彼を怒りたくはないけど今回は怒らざるを得ない。
「もういいわ、帰りなさい」
ふたりを帰らせる、今度こんなことがあったら殺しちゃうわよ。
今日は立て続けに良くないことが起こる。雑誌の件もそうだけど、明日の調理実習であの女と彼が同じ班だなんて、あの女の料理が食べられると彼は浮かれているはず、そんなことさせないわよ、台無しにしてあげる。
理科室に向かう、理科の担任は今日、明日は休むことになっている、好都合だった。職員室から理科室のカギを持ち出し中に入る。薬品の棚を眺めていると硫酸のビンがあった。
「これ使えそうね」
ネットで硫酸を検索する。揮発性はなくにおいもない、摂取すると激しい腹痛、嘔吐、痙攣等を引き起こす。
「いいわね、もだえ苦しみながら死んだら彼だってあの女のことをあきらめるでしょ」
カギのかかった扉のガラスをたたき割る。どうせ元通りになるのだから。
調理室の冷蔵庫を開き、ビンの容器にケチャップを移し替え硫酸を流し込みよく混ぜる。これで明日になれば。
翌日、いよいよ調理実習が始まる。けんくん、しっかり味わってね。
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