05 愛憎

 ああ、素敵、彼が私に微笑みかけてくれる、それだけで憂鬱ゆううつな月曜日も幸せに過ごすことができるの。その無邪気な笑顔をもっと私に見せて、私だけに見せてよ。


 なによあの女、私のけんくんに馴れ馴れしく話しかけて、彼は今、私のことを見てくれていたのよ、それなのに邪魔をしてくるなんて、……死ねばいいのに。それにけんくんもよ、あんな女のどこがいいのかへらへらしちゃって、私にはそんな態度をとってくれないじゃない。

 あ~あ、ぶち壊しよ、あんたなんか学校に来なくてもいいのよ、というか遠くにでも転校してくれない?


 短時間で最高と最悪の気分を味わいながら一日が始まる。学校にいる時は彼のことを目で追っているのだけど気づかれないかいつもハラハラ、まあ気づかれたらそれはそれで最高よね、だって私の想いを知ってくれたということなのだから。


 彼のおかげで今日も幸せ、浮かれ気分で帰宅し床につく。最近は眠るのが楽しみ、なぜなら彼が夢の中に出てきてくれるから。前まではそんなことなかったのだけれど、もしかして彼も私の夢を見ているのかも、ふふっ、相思相愛ね。さて今日の夢はどうかしら。


 校舎にある桜の木の下で彼が立っている、なにかそわそわして落ち着かない様子、髪を何度も直している。


『ごめんね、湯ノ本くん、もしかして遅れちゃったかな?』


 ッ!なんであの女が出てくるのよ、どういうこと!?


『あの、有島さん、俺と……』 


 いや、やめて!これ以上何も言わないで!


『俺と……俺と付き合ってください!』


『湯ノ本くん、ありがとう、私で良かったらお願いします』


「イヤーー!」


 自分の叫び声で飛び起きる。なにが、なにが起きたの!?さっきのは何!?


「夢、夢よね、なんでそんな夢なんか見るの? 彼が、私のけんくんがあんな女と付き合う!? なによそれ! 夢よ、これは悪い夢……本当に? もしあれが現実に起こるものだとしたら」


 予知夢なんてオカルト信じていない、でもあの夢はあまりにリアル過ぎる、まるでその場にいたかのようだった。その後、あの最悪な場面が頭から離れず眠ることができなかった。


 翌朝、重い足取りで学校に向かう、鞄に包丁を忍ばせながら。


「大丈夫あれはただの夢、何も起こらない、これはただのお守りみたいなものよ」


 寝不足でふらつきながらぶつぶつとつぶやく。始業のチャイムが鳴るがあの夢が頭をよぎり授業に集中できない、気づいたら放課後になっていた。


 放課後の教室を見回すが彼の姿がない!あの女もいない!急いで桜の木へ走る。

 そこには彼が立っていた、校舎の陰から様子をうかがう。数分後あの女が来た。

 けんくん、これは冗談よね?あんな女が好きなわけないよね?だっていつも私に話しかけてくれるじゃない。思いとは裏腹に気づいたら包丁を取り出していた。


「あの、有島さん、俺と……俺と付き合ってください!」


 うそ、うそよ、うそよ!うそよ!!うそよ!!!そんなはずはない!けんくんがあんなことを言うわけがない!

 包丁を強く握りしめ走り出し、彼の背中へ突き立てる。


 ズブッ

 いやな感触が手に伝わる。


「許さない、あなたは私だけのものなのに」


 そんな言葉が出た。その声はまるで他人の口から発せられたかのように憎悪に満ちている。


「イヤ、イヤーー!」


 悲鳴で我に返る。

 私は何をしたの?なんでけんくんが倒れているの?なんで動かないの?なんで私の手は赤く染まっているの?

 あの女が悲鳴を上げながら逃げる。血に染め上げられた桜の下にふたり取り残される。


「ち、違うのよけんくん、これは違うの何かの間違いよ、ねえ、だから起きて、起きてよ!」


 彼の体を抱え起こし必死に呼びかける。返事がない、顔から血の気がなくなっていく。血は止まらず私の腕や足、全身に垂れ落ちる。

 話し声がこちらに近づいてくる、このままじゃ見つかる、でもけんくんが。その場で取り乱しているうちに建物のすぐ裏にまで来ている。


「ごめんなさい! けんくん!」


 最後に彼の顔を目に焼き付け校舎から逃げ出す。

 どこに逃げればいいのかわからない、自宅にいても警察が来る、家には帰れない。ここから遠いところに行かなければ。


 走っていると全身血まみれなことに気づく。今は日が暮れて遠目にはわからないだろうが、近くで見ればすぐにわかる。近くの公園に寄り手や足を洗い、汚れた上着を脱ぎ洗い流す。

 洗った衣類を木に干しながら茂みに隠れる。4月も終わる頃だが夜はまだ寒い、震えながら彼のことを想う。しかしその彼はもういない、私が殺してしまった。


「けんくん、逢いたい、あなたの笑顔をもう一度見たい、……そうよ、私から逢いに行けばいいじゃない! そうすれば私達はずっと一緒よ、待っててね、すぐ行くから」


 持っていた包丁を胸に突き立て躊躇ちゅうちょなく押し込む。


――――


 ピピピピッピピピピッ


「けんくん!」


 目を覚ます。けんくんはどこ?

 周りを確認すると自分の部屋だった。外はもう明るい。


「うっ!」


 胸が痛みだす。自分で刺したことを思い出し鏡で確認するが傷ひとつ無い。


「一体何が……うるさいわね」


 頭を整理するのに邪魔な目覚ましを止め、なにが起きたのか考える。放課後あの女に彼が告白なんてするもんだから思わず刺した、それから公園に逃げて自分を刺したはず、しかし傷は無くけんくんにも逢えていない、彼はどこに?


 時計を見ると遅刻しそうなことに気づく。殺人を犯した者が遅刻することを気にかけるのも変だと思うが慌てて準備をする、それに学校に行けば彼にまた逢えるかもしれない。

 学校に着き彼を見つける、彼は生きていた、それに怪我をしているようには見えない、良かった。あれは私の夢だったのね。


 何もなかったことに安心し今日を過ごす。夜、眠る前に考える、今度の夢はどうなるのか。たとえ夢だとしてもあんなものを見せつけられるのなんて耐えられない。不安を残しながらも夢の世界に入る。


 ここは、私の教室?なんでこんなところに。教室を見渡していると違和感に気づく。カレンダーが翌月になっている。過ぎた日付には線を引かれているから5月末、悪夢を見た日から一ヶ月経った日付。

 まさかね、何度も悪夢なんて見ないわよ。そう自分に言い聞かせるが教室の外から話し声が聞こえる。声のほうへ向かう、空き教室だった。こっそりと中を覗く。


『有島さん、俺と付き合ってください!』


 聞きたくなかった言葉が聞こえる、彼がまた告白している。なんでよ!なんでそんなことするのよ!


「やめて!」


 真夜中の部屋に自分の声が反響する。前見たのと同じ状況じゃない!なんでそんな夢を見せてくるのよ!……こうなったら何度でも、私を愛してくれるまで。


 一か月後ついにあの日をむかえる。正直この一ヶ月、気が気じゃなかった。もし予定の日付よりも早かったとしたら、もし私の知らない場所で会っていたのだとしたら、でもそうはならなかった。これで計画通りにできる。


 空き教室に誰かが入ってきた、ベランダから確認する、彼だった。やっぱりそうなってしまうのね。彼がそわそわしながらあの女が来るのを待っている、私も待つ。あの女も殺してやりたいがそれよりもあの女が好きだという彼のことが許せない。


 数十分後、扉が開く、どれだけ待たせるのよあの女!そんな自分勝手なやつ彼にお似合いじゃないわよ!


「有島さん、俺と付き合ってください!」


 またしてもそんなこと言ってしまうのね、悲しいわ、けんくん。

 ベランダから勢いよく飛び出し彼の背中を刺す。前よりも深く、憎しみを込めて。


「キャーー!」


 あの女が悲鳴をあげながら教室から逃げ出す。逃げる時ぐらい黙っていられないのかしら、耳障りよ。あら、まだ息があるみたい、楽にしてあげないとかわいそうよね。


「大丈夫よ、私たちは赤い糸で結ばれているの」


 もう一度刺すと動かなくなった。けんくん、今すぐにでも逢えるわ。

 早速、自分の胸を刺そうとしたとき後ろから声を掛けられる。


「おや、こんな時間にどうされましたか?」


 後ろを振り返ると廊下に教頭が立っていた。なぜこんなところにいる⁉もしかして現場を見られたのか⁉


「きょ、教頭先生はどうしたんですか、なぜこんな空き教室まで?」


「私は校舎の見回りですよ、ちゃんと施錠されているのか確認しているのです」


 どうやら教室が薄暗くてよく見えていないようだ、このまま見つかって取り押さえられたら彼に逢うことができない、早いとこ立ち去ってもらおう。


「教室の窓が空いていたので閉めていたんですよ、不用心ですね」


 それっぽいことを言ってごまかす、さっさとどっか行け!


「それはありがたい、それでは私は職員室に戻りますね、暗いですから気を付けてくださいね『宮下先生』」


私は宮下雪乃、彼を愛し殺し続ける者。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る