03 増える容疑者
「やめろ!」
顔が、俺の顔が潰された。手で顔を触る。
「ぐっ!」
刺された時よりも激痛だ。目の奥は熱く、鼻はちぎれるじゃないかと思うほど痛い、歯はまるで麻酔無しで抜歯をしたかのようだ。その場でのたうちまわる。
「痛い! くそ! くそ‼︎」
なんで刺されるだけだと思い込んでいたんだ、人を殺す方法なんていくらでもあるだろ。それにしても顔面を潰すなんて猟奇的すぎる、やつに人の心はないのか。
「はあ、はあ、ここは、保健室か?」
保健室のベッドに寝かされていた。時間は……まだ1時間経っていないくらいか、凶器は確か砲丸だったな。砲丸か、なにかいやな予感がする。
「起きていたのか、いきなり倒れたなんて聞いたからビックリしたぞ」
谷崎が入ってくる、走ってきたのか息を切らしていた。
「谷崎、俺は倒れたのか、なにが起きたんだ?」
いままでの経験では俺は自分の記憶と違う行動をとっている、今回も俺がなにをしたのか知っておきたい。
「部室に戻る時に倒れたって男子が言ってたぞ、先生が言うには軽い貧血だろうから少し横にしとけば心配はいらないって」
「俺が倒れたことは有島さんが報せてくれたのか?」
「有島さん? なんで有島さんの名前が出るだ? 湯ノ本が倒れた時には野球部の男子が近くにいてここまで運んでくれたらしいぞ」
やはり記憶と違っていたか、ここでも有島さんの存在が無かったことになっている。いつから有島さんは消えたのか。
「そうか、一つ聞きたいが俺たち倉庫の片付けしていただろ、その時、誰か来なかったか?」
「あの時は野球部がボールを片付けたいって来ていたな、それがどうかしたか?」
ということは今日は有島さんと一度も会っていないわけだ。それじゃあカギは誰が返したんだ、俺は有島さんとふたりになりたくて谷崎に頼んだんだ、見知らぬ野球部員と一緒になりたかったわけじゃない。
「倉庫のカギは誰が返したか覚えているか?」
「それなら私が返したよ、湯ノ本が頼んだんだろ、今日は見たいテレビがあるから早く帰りたいって」
「カギはすぐに返したのか? それになんで今も部活着なんだ、着替える時間は十分あっただろ、どこでなにをしていた?」
「な、なんだよいきなり、そんなのを聞いてどうするだよ? それになんか顔が怖いぞ」
聞いてどうするかだと?そんなの谷崎を疑っているからだ。カギは谷崎が持っていた、それなら倉庫に戻り砲丸を持ち出せるのは谷崎しかいない、谷崎の力なら砲丸の2個や3個を持って非常階段に先回りできたはずだ。
「答えてくれ」
「カギならすぐに返したよ、着替えていないのはその、なんていうか、え〜と」
「なにを隠している、はっきり言ってくれ!」
あきらかに怪しい、本当に谷崎がやったことなのか。
「トイレに行ってたんだよ! 急にお腹が痛くなったから、女子そんなこと言わせんな!」
「それを証明できる人はいるか?」
「なんだよそれ! 詳しく聞いてどうなるって言うんだよ! この変態!」
谷崎は瞳に涙を溜めながら保健室を出て行く。まるであずさの時のようだった、あの時も怒らせて追い出したんだったな。だが怒らせたからといっても罪悪感はあまり無い、状況証拠的に谷崎が犯人の可能性が高いのだから。そうなるとあずさは違うことになるのか、いや、まだ特定できていないんだ決めつけないほうがいい。
下校のチャイムが鳴る。
「これ以上、考えてもわからないな、帰ろう」
保健室を後にし帰路につく。
翌朝、登校中に谷崎と会ったが俺をにらみつけて逃げるように校内へ走り出した。あんなことを言った後だそんな態度をとるのも無理はないか。俺も学校に着き教室に入る。
「佐藤くん! こんな物を学校に持ち込んでいいと思っているのですか!」
教室に入るなり叱り声が聞こえる。なんだ、なにがあった?声の方を向くと友人の孝也が宮下先生に詰め寄られている。あいつ何かしたのか?って!先生が持っている袋は俺が貸したエロ本じゃねえか!なんで学校になんか持ってきてるんだよ!
「それはその……俺のじゃなくて、のっちんの物で」
「湯ノ本くんのなのね! 湯ノ本くん! あなたも放課後、職員室に来なさい!」
あのバカなにを正直に白状してんだよ!責任逃れのつもりか、人を巻き込みやがって!あとその名前で呼ぶな、恥ずかしい。
「……はい」
クラスの視線を集めながら情けない声を出す。
放課後、俺たちは職員室で先生に説教されていた。
「いいですか学校は勉強をするところです、こんな、ハ、ハレンチな物を持ってくるなんて論外です! これは処分します!」
そんな、俺の秘蔵品が……。がっくりと肩を落としながら職員室を出る。
「健児、ごめん、つい口走っちゃって」
「マジふざけんなよ、わざわざ俺の物だと言わなくていいだろ、それにあの名前で呼ぶなよ」
孝也とは4、5才からの友人だ。のっちんという名前は俺の湯ノ本のノしか読めなかったからそう呼ばれていた。
「もういいよ、金が貯まったらまた買うから」
こんなバカバカしい会話をしていたらなんだか笑えてきた。何気ないことをしているだけで俺の悪夢が流されていくようだった。それに今日は気分が良い、なぜなら明日の調理実習で有島さんと同じ班になれたから。有島さんの手料理を食べられるなんて最高だ。
「じゃあな、あまり気にすんなよ」
孝也と別れ家へ帰る。
さあ今日は待ちに待った調理実習の日だ、俺は晴れやかな気持ちで目覚める。学校に着き授業を受けるが午後の調理実習まで待ちきれない。そんなウキウキ気分で午前を乗り切りいよいよ調理実習だ。
「みなさん手はよく洗ってくださいね、それから火元には十分注意すること、いいですね」
宮下先生が注意点を説明しているが耳に入ってこない、エプロン姿の有島さんがかわい過ぎてもう釘付けだ。
「有島さんは料理したりする?」
「週に4回ぐらいお母さんの手伝いをする程度かな、あまり上手じゃないから期待しないでね」
有島さんが作る料理なんてどんなゲテモノだとしても喜んで完食するさ。そんなバカみたいなことを考える。今日のメニューはハンバーグとクッキーだ、有島さんと肩を並べて調理台の前に立つ。
「湯ノ本くん達はひき肉を練っておいてくれるかな、その間にクッキー作るから」
「わかった、力仕事は任せて!」
有島さんは手際よく調理し始める。ハート形に生地をくり抜いてる、あのクッキーだけは死守しなければ、俺はひき肉を握る手に力を込める。
30分が過ぎあとはふたつとも盛り付けるだけだ。有島さんがみんなのハンバーグにケチャップでハートを描く。有島さん、ハートは俺のだけでいいんですよ。他の人が聞いたら気持ち悪がられるひとり言をつぶやき席に座る。
「みなさん準備できましたね、それじゃあいただきます」
「「「いただきます」」」
みんなで作った料理を食べる。
うまい!味付けは有島さんがやってくれた、これはまさしく有島さんの手料理といえよう。あっという間にハンバーグを食べる。俺は誰よりも早くクッキーへと手を伸ばしひとつしかないハート形のクッキーをほおばる。ああ、最高だ。
「ウッ!ゴホッ!ゴホッ!」
なんだ、苦しい、息ができない、胃の中のものがこみ上げてくる。
「ゲホッ!」
食べたものを床にぶちまける。まさか料理に何か仕込まれたのか⁉
「湯ノ本く――ゲホッ!」
有島さんも胸を押さえうずくまる。有島さんだけじゃない俺達の班全員が倒れている。
やつだ、こんな狂ったことをするのはやつしかいない。俺だけではなく班をまとめて狙うとは。
「どうした⁉ おい! おまえらどうしたんだよ!」
何人かが俺たちに近づき体を揺さぶる。ダメだ、痙攣までしてきた、息ができずに口から泡を吹きだす。目も開けられない、その時耳元で聞こえる。
『あんな女の料理なんか食べたらおなかが腐っちゃうわ、私がきれいにしてあげる』
腐っているのはおまえの頭だ!ちくしょう、誰なんだ!
汚物をまき散らし、むごたらしい姿のまま息が止まる。
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