02 続く狂気
「はっ!」
目を覚ます。辺りは暗い、どこだここは、まさか本当に死んじまったのか。不安になりながらも体を起こす。長時間うつぶせになっていたからか首が痛い。
「ここは、俺の部屋だ」
カーテンの隙間から街灯の光が差し込む。あれからどれほど経ったのかとっくに夜になっていた。部屋の電気を点け鏡越しに映る制服には穴なんて開いていない、一応服をめくり背中を確認するが傷一つない。
「またか、これは夢なんて言っていられないな、――痛ッ!」
何もないはずの背中の痛みに、あれは確かに俺自身が体験したものであることを痛感させられる。
なぜやつは執拗に邪魔してくる、わざわざ待ち伏せまでして、それに愛してだと、俺をブスブス刺すやつを好きになれるわけがないだろ、ふざけやがって!
「……風呂でも入るか」
全身汗まみれで気持ち悪い。それに背中に残る血の感触を洗い流したい、実際には血なんて1滴も流れてはいないのだが。
風呂に入るべく部屋を出ると台所から物音がする。両親は今日から旅行に出ている、いわゆる夫婦水入らずってやつだ。なのに誰かいる、この家に知らない誰かが。
「まさか! 家にまで押しかけに来たのか!」
恐る恐るリビングの扉を開き台所を覗く。やっぱり誰かいる、料理をしていた。
ガタン
近くにあった掃除機を倒してしまった。
「やばっ」
音に気付いて相手が振り向く。
「やっと起きたの、もうすぐできるから待っててよね」
そこに立っていたのは制服姿のあずさだった。
「あずさ、なんでおまえが俺の家で飯なんか作っているんだ」
「なんでって、健児に頼まれたからじゃないの、両親がいないから作ってくれないかって」
俺が?なんであずさにそんなことを頼むんだ?俺は両親がいない週末をひとり
「そんなことを頼んだ覚えなんてないぞ、それはいつのことだ?」
「いつって、3時間前ぐらいに電話してきたじゃないの、わざわざ呼び出しといて何よその言い方、私だって弟たちのご飯作っていたんだからね」
3時間前、それは俺が有島さんを空き教室で待っていた頃だ、今から告白しようとするやつが晩飯のことなんか気にかけないだろう。
「本当に俺か? 誰かと勘違いしているんじゃないのか? 親がいないからって同級生に作ってくれって頼まなないだろ、子どもじゃあるまいし」
「確かに健児からの電話だったわよ! そんなに疑うなら自分の携帯を確認しなさいよ! それともなに、からかってるの? そんなことして楽しいわけ?」
「お、落ち着けって、ただ確認しただけだろ、だから――ッ! あずさ、手に持っているものを置け」
手には包丁が握られていた。背筋が凍る。いやな記憶が蘇る。
「これがどうしたの? ただの包丁じゃない」
「いいから置け!」
「な、何よ、そんなに怒鳴ることないじゃない」
あずさは素直に包丁を置く。だが安心はできない。ここで俺はあることを思い出す。
「あずさ、4月の初めに俺が有島さんに告白しようか相談したことあったよな、そのこと誰にも言っていないよな」
「当たり前でしょ、私そんなにデリカシーのない女に見える? どうしたのさっきから、あっ、もしかしてフラれたの? それで私に慰めてほしくて変なこと言ってるわけ? しょうがないわね、やっぱり健児は私がいないと――」
「黙れ! 今すぐこの家を出ろ!」
その口ぶりに苛立ち怒号を上げる。
「何よ! 人を呼びつけて料理までさせて、それなのに怒るわけ! 信じられない! もう二度と電話してこないで!」
あずさは玄関の扉を強く閉め家を出る。鍋の煮立つ音が響くなかひとり立ち尽くす。
告白することを誰にも言っていないのならあずさしか知らないことだ。そう考えるともうあずさが犯人としか思えなくっていた。
休日は友人と遊ぶ約束だったがそんな気にはならず家に
休み明け登校する。あずさは席にいたが俺を見るなりそっぽを向く。席に着くが俺も話しかける気にはなれない。何か悪いことをした気分だが油断はできない、今日はあずさの動向を見逃さないようにしなければ、またいつ襲われるかわからない。
放課後まで周囲を警戒していたが何も起こらなかった、あずさは俺に話しかけることなく帰っていった。今日はこれでよかったが明日以降もどうなるかわからない、気をつけなければ。
すぐ家に帰る気になれず部活に参加することにした。
「湯ノ本、川北さんとケンカでもしたか? いつも放課後は一緒なのに」
グラウンドに出たところを谷崎が話しかける。
「何もないさ、あいつだってたまには機嫌の悪い日もあるだろう」
「何かしたんだったら早めに謝ったほうがいいぜ、私も兄貴とケンカしたとき一ヶ月は口きかなかったからな」
俺の背中を叩きながら励ましてくれる。あずさが殺人鬼、なんて相談できねえよな。
ウオーミングアップでグランドを走っている時でも心がざわつく。うわの空で走っていると先生に手を抜いていると思われ部活終わりに倉庫の片づけを命じられてしまった。
「手伝おうか?」
片づけていると谷崎が手伝いに来てくれた。
「ありがとう、正直ひとりで困っていたところだ」
「任せろ!」
谷崎は手際よく片付け始める。ボールが詰まった重いカゴもなんのそのであっという間にきれいになった。
「すまない、結局、谷崎にほとんどさせてしまったな」
「なに、気にすんな、こんなの毎日やっていることさ」
ふたりで倉庫を後にしようとした時、有島さんが来た。
「ごめん、これも倉庫に入れていいかな?」
手にはテニスボールの入ったカゴを持っていた。
「大丈夫だよ、有島さんも今、部活終わったところ?」
こんなところで有島さんと会えるなんて、先生に感謝しないとな。
「うん、ふたりは?」
「俺らも今終わって帰るところだよ、一緒に部室棟まで行かない?」
倉庫にボールを片付け終わった有島さんに声をかけてみる。
「別にいいけど、カギを返さないと」
「そうだね、谷崎! すまんがカギ返しといてくれないか?」
「なんで私が⁉︎ こっちは手伝いまでしたんだが⁉」
「ほら、もう暗くなっているし、有島さんひとりだと心配だろ、今度、昼飯おごるからさ」
「私なら心配いらないのかよ、わかったよ、そのかわり昼飯3日分な」
谷崎は俺のお願いを承諾して、職員室へと向かっていった。ありがとう谷崎、これで有島さんとふたりだ。
「さあ有島さん、行こうか」
「よかったの、谷崎さんに頼んで?」
「大丈夫だよ、あいつ細かいこと気にしないやつだから、それに昼飯おごるって言ったら大体のこと聞いてくれるし」
谷崎のことより今は有島さんだ、あずさは学校にはいない、この目でちゃんと帰るところを見た。どうする、今か、告白するなら今なのか。
俺は意を決し話しかける。
「あの、有島さん! その、話があるんだけど今いいかな?」
「急にどうしたの、そんな大きい声出して? お話って何?」
大丈夫だ、後ろは壁になって人が隠れる場所はない、刺されることはない、告白するなら今しかない!
「有島さん! 俺と、俺と付き合――ッガ!」
頭を鈍器のような物で殴られた衝撃がくる。その場に倒れる。一体何が……。赤く染まる視界には砲丸が転がっていた。これは倉庫に片付けたはず。
「ゆ、湯ノ本くん! 大丈――ッグ!」
「有島……さん? そんな! 有島さん!」
薄れる視界に有島さんが頭から血を流し倒れている姿が見える。全く動かない、そんな、嘘だ!
『ダメよけん君、こんな女なんかと付き合ったら幸せにはなれないわ、あなたを幸せにできるのは私だけなの』
またやつの声だ、どこだ、どこに隠れてやがった。
カツン、カツンと階段を降りる音が聞こえる。外に取り付けられている非常階段にいたのか。そこから砲丸を落としたんだな。
俺のそばにまで来た。犯人を特定するには今しかない、やつの顔を見るんだ。言うことを聞かない体を動かし仰向けになる。
『愛しているわけん君、また逢いましょう』
誰なのかわからないまま、顔面を砕かれる。
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