「連続殺人、被害者は俺だけです~その愛は重すぎて俺には受け止めきれません~」
熊野吊行
01 1度目の殺人
緊張する、額から汗が流れ落ちる。窓に映る自分の姿を確認し何度も髪をセットし直す。高校2年、4月の終わりに花びらが散った桜の木の下で待ち続ける。
「ごめんね、湯ノ本くん、もしかして遅れちゃったかな?」
「そ、そんなことないよ、時間ぴったりだよ」
かわいらしい彼女の姿にさらに緊張が高まる。
「お話って何かな?」
俺の目を見つめながら問いかける。緊張で今にも倒れてしまいそうだ。
「あの、有島さん、俺と……俺と付き合ってください!」
言った、ついに言ったぞ。1年前から心に留めていた想いを伝える。
「湯ノ本くん、ありがとう、私――」
ズブッ
破裂しそうな心臓を抑えながら彼女の返事を待っていると、背中からそんな音が聞こえた気がした。後ろを振り返ろうとすると今までに感じたことのない激痛が走る。
「あ、ああ、ああーー!」
背中を見ると何かが刺さっている、それも深く、届いてはいけない所まで。
「ぐっ!」
刺さっていたものが抜かれるとさらに痛み出す。足に力が入らずその場に倒れ込む。
「イヤ、イヤーー!」
有島さんの叫び声が響く中、誰かの声も聞こえてくる。
『許さない、あなたは私だけのものなのに』
その声には嫉妬と憎悪そして悲しみが込められていた。桜の木を血に染めながらそのまま意識を失う。
――――
ジリリリリリリリ
「あーー!」
飛び起きる、刺された、背中を刺された、このままだと死んじまう!
そう思いながら周りを見渡すと俺の部屋だった。しかも部屋着で布団までかぶっている。
「これは? 俺は有島さんに告白してそれから、それ……から、せ、背中は!」
布団を蹴飛ばし背中をさする。何もない、あれは夢なのか、いや夢にしてはリアルすぎる、それに背中の痛みは今でも鮮明に思い出す、夢なんかじゃない。じゃあ何だったんだ、あの後、誰かが傷を治したのか、そんなのは無理だ、傷跡も残さずきれいに治すことなんてできるわけがない、それに手術したのなら普通、病院にいるはずだ。
「意味分かんねえよ、一体何が……うるせえな、とっくに目は覚めてんだよ」
耳障りな目覚ましを乱暴に止め立ち上がる。
「有島さん! あの時、有島さんも一緒だ、有島さんも襲われたんじゃ!」
急いで電話をかける。
『おはよう、どうしたのこんな朝早くから?』
「有島さん! 大丈夫!? あの後あいつに襲われなかった!?」
『え? ごめんちょっとよくわかんない、なんのこと?』
電話越しに困惑した声が聞こえる。あんな衝撃的なことを覚えていないはずはない、だって目の前で刺されたんだから。
「昨日だよ! 放課後、桜の木の下で一緒にいたところを誰かに襲われたじゃないか! その時、背中を刺されたんだよ!」
『ごめん本当になんのこと? 昨日は放課後すぐに帰ったよ、具合悪いんだったら今日休んだ方が良いよ、私から先生に伝えとくから、それじゃあゆっくり休んでね』
「待って! 有島さん!」
呼び止めるが通話は切れてしまった。本当に覚えていないのか、それとも有島さんの言うとおり俺がおかしくなったのか。頭の中を整理できないまま立ち尽くしていると母親にさっさと学校に行くよう
「いってきまーす」
サボりだと思われたのか母親にケツを蹴られながら急いで家を出る。実の息子を本気で蹴るのはどうかと思うがそのおかげで我に返ることができた。歩きながら昨日のことを考える。しっかり者の有島さんが覚えていないんだ、あれは俺の夢だ。そう自分に言い聞かせるが学校へ向かう足取りは重い、背中の痛みが恐怖を与えてくる。
「有島さん、おはよう」
教室に入り有島さんに声をかける。昨日のことなんてなにも無かったかのように友達と話をしていた。
「湯ノ本くん! 学校に来て大丈夫なの? やっぱり具合悪そうだよ」
「ありがとう、大丈夫だから、朝はごめんね、変な電話しちゃって」
「そう、大丈夫なら良いけど」
チャイムが鳴り俺は席に座ると隣の席から声をかけられる。
「健児どうしたの、葉月と何かあった? 顔色悪いよ、昨日は眠れた?」
幼少期からの幼なじみ、川北あずさが心配そうにしている。長女であることが影響しているのか下の兄弟の面倒を見るついでに俺にまでなにかと面倒を見ようとしてくる。もう高校生にもなったんだからいつまでも母親みたいなことを言わなくて良いのに。まあ、その気持ちはいつもありがたいとは思っているけど。
「いや、何もないよ、夜更かししたせいで目覚めが悪かっただけさ」
誰かに刺された、なんて言えるわけがない。俺ですら理解できてないのだから。
「気をつけなよ、たださえあんたバカなんだから、これ以上バカになったら私でも面倒見きれないからね」
おまえは俺の母親か!そう言ってやりたいが、先生が教室に入ってくる。
「皆さんおはようございます。全員いますか? 私これから職員会議なのでHRは短めにやりますね」
宮下雪乃先生は4月に赴任してきてクラスの担任になった。かわいらしい声で挨拶をする先生は俺にとっての癒やしだ。その声を聞くだけで昨日のことなんてどうでもよくなる。
HRも終わり授業が始まるが集中できない、刺された時の恐怖が頭をよぎるからだ。結局今日一日は何も学ぶことはできなかった。
放課後になり部室へ向かう。
「湯ノ本! 今日は部活やるんだな、あまり休みすぎると先生に目をつけられるぜ」
彼女は俺と同じ陸上部の谷﨑歩美、1年の時に知り合ったが俺が部活にあまり参加しないのを気にしてか、よく声をかけてくる。部活には乗り気ではない、家でだらだらしていたら母親に何か運動でもしろと言われ仕方なく始めた程度だ。
「私と競争しようぜ、負けたら明日の昼飯おごりな」
「やるわけないだろ、おまえみたいな体力バカに挑んでも負けは見えてるんだよ」
大会決勝常連のやつとろくに練習もしない俺だと競争にすらならない。
「なんだよ、珍しく部活に参加するから何かあったんじゃないかと思ったんだけどな」
どうやら彼女なりの励ましだったらしい、あんなんでも人に気を
その後、俺らしくもなく熱心に走り込む。いやな記憶を忘れるためだ。
あれから一ヶ月ほど経ちあの時のことを悪い夢として記憶から消していた。
梅雨の長雨の中、俺は空き教室で待っていた。もちろん再度、告白するためだ。悪い夢のせいで俺の告白を邪魔されるわけにはいかない。
教室のドアが開き有島さんが入ってきた。
「湯ノ本くん、お話って何かな?」
手に汗を握りながら伝える、一ヶ月越しの想いを。
「有島さん、俺と付き合ってください!」
頭を下げ手を突き出す。
ズブッ
いやな感触が蘇る。同時に背中から全身に痛みが広がる。
「そん……な、うそだろ」
背中を見る、今度は逆側に刺さっていた、包丁だ。まさか、ずっとベランダに隠れていたのか、俺が告白するまで、ずっと。
「キャーー!」
有島さんが叫ぶ。
『許さない、何度でも、私を愛してくれるまで』
二度と聞きたくなかった声が頭に響く。
「おまえは……誰……だ」
西日を背にして立つ姿は逆光で顔が見えない。
やばい、意識を保てない、このまま死ぬのか?まだ有島さんの返事を聞いていないというのに。
「有島……さん」
「イヤーー!」
彼女は教室から逃げていった。俺は床に突っ伏したまま呆然とする。
『大丈夫よ、私たちは赤い糸で結ばれているの』
包丁が振り下ろされ、俺は二度目の死を味わう。
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