第二三匹 接近
麦畑の真ん中でイノシシは無我夢中で土を掘りかえす。俺は風向きを頻りに確認しながら近づいていく。
「アキトさん、なんで風向きをそんなに気にしてるんですか? 」
ヘカテリーナが不思議そうに俺に質問してくる。
俺は彼女の耳に顔を近付けて小声で囁く。
「イノシシは鼻がヘカテリーナくらい良いからな」
そういうとヘカテリーナは驚いた顔をして、
「そ、そうなんですか・・・」
そう呟いて理解する。
「ヘカテリーナ、ここからは静かに忍び寄るぞ。」
俺が彼女にそう囁けば、ヘカテリーナはコクコクと頷いて忍び足になる。
俺達は風向きや音に細心の注意を払いながら、身を屈みながらイノシシの後方から近づいていく。
イノシシの様子を探りながら見ていると、奴はこちらの存在にまだ気づいておらず、一心不乱に土を掘り返している。
すると、ヘカテリーナが俺に耳打ちする。
「アキトさん、ここから狙わないんですか? 」
彼女はそう聞いてくる。
「大体、ここらでイノシシとの距離は100メートルぐらいだ。スラッグ弾の有効射程距離はおおよそ50メートルほどらしいから。確実に仕留めるにはまだちょっと遠い・・・」
俺はそう言って、再びゆっくり近づいていく。彼女もそのことを理解して、音を立てない様に慎重に近づく。
徐々に近づいていくと、イノシシは何かを感じ取ったのか、時折、土を掘るのをやめたりして、少し落ち着きがない。
「アキトさん・・・。イノシシがさらに警戒しはじめました」
ヘカテリーナが再び、俺に耳打ちで獲物の状況を伝える。このまま、近づくとイノシシに勘づかれてしまい、逃げられてしまう恐れがあると考える。
俺は、ヘカテリーナにここで待ってというジェスチャーをして、その場に待機させる。そして、俺はより静音で視認しずらい匍匐状態になり、蛇のように音を立てず、ゆっくり近づいていく。
サ・・・、サ・・・。
ゆっくり、少しずつ確実にイノシシとの距離を詰めていく。
このはりつめた緊張感が興奮を促していく。
故に、血が滾り、感覚が一気に研ぎ澄まされる。それによって、イノシシの何を思っているか伝わって、そいつは少し周りに対して神経質な状態であることを感じとる。
高揚感で感情が増す。この張り詰めた空気、この失敗が許されない状況、滾るぞ滾る滾る。この瞬間こそが、狩りの醍醐味。
後はどこまで近づけるか。それでイノシシをいかに苦しめず、殺せるかが決まる。そして、死すら感じさせずに斃した獲物の肉は、この上なく極上の味。ヘカテリーナに食べさせてやらねば。
それゆえ、俺は出来る限り確実に一瞬で仕留めれる距離まで近づく。
イノシシが土を掘り返し始めたらゆっくりと近づく。イノシシが神経質になれば動きを止めて気配を消す。
徐々にイノシシも落ち着きがなくなってきて、周囲を気にする時間も長くなってくる。
そろそろ近づくのも潮時か、ショットガンにスラッグ弾をすばやくリロードしたならば、その音にイノシシがこちらに身体を向ける。
俺はイノシシが真横を向いた瞬間を狙い済ましたように、ショットガンの照準を急所に定め引き金を引く。
ダァッン!
その瞬間、イノシシは斃れるのであった。
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