第二四匹 近隣

 イノシシが断末魔を上げる前に俺はその叫びを黙らせる。一発の銃弾が貫いた肉片が大地を赤く染め、俺はイノシシに引導を渡したことを確信し、すぐにその屠体に近づく。


俺がすばやく未だ微かに脈打つ頸動脈部分にナガサを刺せば、その刺入口から滝のように紅い血が流れだす。屠体のすべての血を抜くためにイノシシの足を動かして、末梢部分に残っている血も流し出す。


そうすれば、温かったイノシシの体温が次第に冷たくなっていき、今まで死んだことを悟らなかった肉体が徐々に柔軟性がなくなっていく。


血が完全に出なくなった頃、ヘカテリーナがこちらに興奮気味に駆け寄ってきて、


「アキトさん、アキトさん。イノシシを仕留めたんですね。すごいです、すごいです。」


「まぁな。さて、さっさとこれで洗浄しなきゃな・・・」


すると、ヘカテリーナが何かを感じとったのかキョロキョロして


「あ、アキトさん。向こうの方から誰かがこっちに来てます」


と、言って俺の身体の後ろに隠れる。


「そうか、さては収穫をしていた村人達だろう。それじゃあ、ご近所さんに挨拶といこうか・・・」


俺はそう言って、彼らがこちらに来るの間にイノシシに異常箇所がないか確認しておくのであった。




少し経ったの後、


「お~~~い、そこの人。何さ、起きただ」


そう言って、村人達がこちらにやって来る。


「お前さんの方から、でっけぇ音がしたんだが何さあったべさ・・・」


と、村人達が俺から目線をイノシシの屠体へと向けて、驚いて言葉を失う。


「お、お前さん。こ、この、イノシシさ。どうやって仕留めただ」


その質問に俺は銃を知らない人にでもわかるように説明する。


「まぁ、鉄の小さな玉を飛ばして斃した」


「そ、そげな魔法でこのイノシシさ、退治してくれたんか。ありがてぇ、ありがてぇ」


そう言われて、村人達に感謝されてしまう。


「アキトさん、どうして私達はイノシシを狩って感謝されているのですか? 」


この状況が理解できていないヘカテリーナが俺にそっと耳打ちして聞いてくる。


「ああ、このイノシシはこの辺の畑を荒らしていたんだ。だから、それを狩った俺たちは村人達に感謝されているってわけだ」


そう説明すると、村人達はウンウンと頷き、ヘカテリーナはそれを見てやっと事の次第を理解し


「そんなやっかいな獣を倒したなんて、やっぱりアキトさんすごいです・・・すごいです」


と、俺を渇望の眼差しで見る。そんな彼女のことはひとまず置いていて、村人達との話を進める。


「で、このイノシシはもらっても構わないか? 」


獲った獲物の所有権を確認すると、


「ああ、構わねぇだ。どうぞどうぞ、持っていってけれ・・・」


と、承諾する。だが、その顔は少し浮かない表情で何か言いたそうな雰囲気である。俺は何か厄介事が他にもあるような雰囲気を感じる。そうして、意を決した村人の1人が


「実は、厄介なイノシシはこの他にもまだいるべさ・・・。おこがましいことは承知だば、どうかそいつらも退治してくれんだべさ・・・」


そうして、その場にいる村人全員が頭を下げて懇願してくる。


「う~~~ん、俺は人助けで獣を狩ってるわけじゃないし、なにより村周辺の土地感がないから難しいな・・・」


と、難色を示すと村人達は残念そうな顔をする。すると、話を聞いていたヘカテリーナが再び耳打ちをして


「アキトさん、私からもお願いです。どうか、村人さん達を助けてあげてください」


彼女の顔を見ると、瞳が潤んでいて今にも泣きそうであった。そんな顔をされてしまったら・・・


そう言わねば、男が廃る。ならば、答えは一つ・・・


「わかったよ。引き受けるよ」


俺はその依頼を引き受けるのであった。

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