依頼 / 後

前回は学校から帰宅直後の追いかけっこだった為、紺色のセーラー服に深紅のリボン、その上に黒のダッフルコートと紺と白のチェックマフラーという「いかにも」な制服姿だったのだが。

今回は前回と打って変わって、パステルカラーの黄色が優しく眩しい、長袖の華奢なワンピースだ。髪を下ろすと、同い年の女の子より大人びても見える。あまりこういうことを言うのは良くないけど、やばり苦労をしているせいか……というより


 「あぁ、びっくりした…なんだ君か。」


 本当にびっくりしたのか疑われるほど単調なびっくりの反応を示したが、誠司は、一定の距離感を保ちたがるので、誰かに隙を見せるのがあまり好きではない。なのでこの反応も、千香が思っている以上に真剣だったりする。

それに、寝顔を見られるというのは、こういう気質じゃなくても共感してくれる人は多いはずだと誠司は確信している。


しかし、どれだけ驚いていようが、寝顔を見られていささか不満だろうが、一切表情には出さない。自分の感情を取り繕うこと、何事もなかったように穏やかに振舞うこと、こういうことは昔から人よりも得意だった。


 「すみません。一応、事務所に入る前に声はかけたんですけど。」


 「あぁ…、そうだったんですね。全く気づかくて申し訳ないです。よく言われるんですよね、いつもぼけーとしてる。って。

それに、自分で言うのもなんですが、これでも勤務中なので。千香さんが謝ることは何もありませんよ。それより、本日はどうされたんですか?」


 「こちらへ。」誠司はゆっくりと椅子から立ち上がり、机の前の接待用ソファーへ千香を案内する。

買い取った当初から置いてあった皮のソファで、年季のはいった意外にも座ってみると馴染みがよいので、実は気に入っている。

小さく頭を下げた千香と誠司は、小さなテーブルを挟んで向かい合うようにソファーに座った。


 「実は今日、野宮さんにお願いがあってきました。」


まだどこか躊躇しているような、動揺しているようにも見えたが、覚悟を決めた千香は膝のうえでぐっと両手を握ると、一気に話を始めた。


「最近、三樹の様子がおかしいんです。特に最近は放課後もまっすぐ帰ってこないし、帰ってきてもすぐ外に出かけてしまうし。そんなの、小学生の男の子なら普通のことだと思われると思うんですけど。

でも、三樹が誰かと外で遊んでいる姿を私も近所の人も見かけないし、三樹の親友の優成ゆうせい君にも声をかけてみたりもしたんですけど、最近一緒に帰ることもなくなったって聞いて。そんな事全然知らなかったから、ますます心配で。

家にいる間もずっとふさぎ込んでいるみたいだし、でも、私が声をかけてもやっぱり何も話してくれなくて。きっと心配かけないようにとしてくれていると思うんですけどでも、心配で。

本当は猫すけがくる少し前から気になっていたんです。でも猫すけが来てからは、明るく笑うことが増えて、だから大丈夫だろうって。お母さんが死んじゃって、大丈夫なはずないのに…。


猫すけが麻里さんのお家に帰ってすぐに、前よりも様子がもっとおかしくなって、だからもしかしたら、猫すけがいない寂しさを埋めるために麻里さんのお店に遊びにいってたりしてないかなって、思って。近くにいた存在との別れって、人間だろうが猫だろうが、絶対寂しいはずなのに。

野宮さん、麻里さんから何か話を聞いていたりしませんか。」


 今目の前にいる少女と誠司は出会ってからほんのわずかな時しか経っていないが、千香の震えるたどたどしい口調は、至極めずらしいことなのだろうなと、誠司はすぐに察した。

きっと父親に心配かけまいと相談することもできず、でも誰かに話を聞いてもらいたかったのだろう。


本来なら、あの喫茶店に向かうのが得策だと思うが、そうしなかった千香の気持ちは誠司にはよくわかる。

自分に負い目を感じているとき、負い目そのままを陽ざしに浴びせさせるのは荷が重すぎる。

その前に一度、日陰で話をして受け止めてもらって荷を軽くしてやっと、陽射しの前に出れるというわけである。


 「千香ちゃん。千香ちゃんからみる三樹君は、うんと子供で心配になることも多いと思うけど、僕から見れば、千香ちゃんだってもう少し子供でいたっていいと思うよ。だから一人で無理はしないで。

それに僕には、今の話だけでも千香ちゃんが毎日どれだけ頑張っているのか伝わったよ。


だから千香ちゃんは、千香ちゃんのこと安心していいよ。


ちなみに三樹君はここには来ていないし、麻里さんから連絡もなくて、何か話して聞かせてあげられることは何もないんだ。でももかしたら、きっとティザンヌなら…って思う。一緒に行ってみよう。」


 他人への言葉や発言に、あまり感情を乗せることはない誠司だが、母親のいない少女とその弟にいつかの自分が重なったのか、柄にもなく感情的になっていたようだ。結局、自分が自分に一番びっくりさせられているのであった。


千香は、「探偵さんありがとう、でもお金持ってきてないけどいいですか。」とハンカチで顔を覆いながら、付け加えた。しっかりちゃっかりしていて、誠司は安心した。


そして、しっかりちゃっかりはこちらも同じこと、あのお店に行くよいきっかけをもらったのだ。今回の報酬は、麻里のハーブティーである。(自腹)

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