第88話 『火星に』 その6


 事件は、火星に到着するまえに起こった。


 真っ青になったキングさんが、フラウトヴェングラウ氏の部屋を、直に訪ねてきたのである。


 言うまでもなく、宇宙船内でも、ヴェングラウは、多忙である。


 普通はなかなか面会が叶う相手ではないのは、宇宙でも変わらない。  しかし、さすがの厳格な秘書も、顔面蒼白なキングさんは阻止できなかったらしい。


 まあ、ヴェングラウ氏の場合は、宇宙にあっても、多忙であるように、あえて皆がしていたとも言える。


 パスカ・ノーニ氏は、わりに、悠然としていたし。


 それが、ヴェングラウ氏のプライドであり、一方パスカ・ノーニ氏は、気にしなかった。


 ぼくなどは、明らかにその、例外である。


 例外と言うのは、楽しいものだ。


 だから、その時も、ぼくは、フラウト・ヴェングラウの部屋で、プログラムを練っていた。


 そこに、彼女の巨体が雪崩れ込んできたのである。


 顔色が透き通るように真っ青で、明らかに普通ではなかった。


 『せんせ。失くなりました。』


 『はい?』


 フラウト・ヴェングラウも、明らかに困惑した。


 『無くなったって、なにが? マダム?』


 『ゴフリラーが。』


 彼女は、泣き崩れた。


       🎻🎵

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