第36話 『月の名曲喫茶』


 月の商店街というものは、それはもう、すごい。


 まあ、もともと、銀河連盟側が、会員の各惑星(惑星ではない場合もあるが。それは、いずれ。)からの商人や観光客を見込んで、壊滅的状態の地球から掬い上げた大量のグッズの一部が、放出されたからである。


 もちろん、地球人と、必ずしも価値観が同じわけではないものの、やはり、地球でたいへん貴重品であったものは、そう、例えば、ダ・ヴィンチさんや、ダリさんや、ピカソさんの絵画とか、ベートーベンさんの直筆譜とか、動物たちが主役の、ぼくの出身地で造られた謎の絵巻とか、地球世界一古いお墓の扉とか、世界文明以前の謎の遺跡の柱とか、まあ、とにかく、商店街で売るには相応しくないだろう、というような宝ものは、博物館や、特別な商人が扱ったりするなど、ちょっと、一般の宇宙人さんの手が届くものではなかったのだが、まあ、そうしたものではない、コピーとか、その他、適度に雑多なものが沢山売られていたのである。


 中には、地球生物の、太古の化石なんかもあった。


 お馴染みの、アンモナイトから、果ては、人類のものも、もちろん、ある。


 どうやら、最近のものも混じっているらしい。


 そうしたものは、ぼくは、道義的に感心しないが、宇宙人たちには、また、別なのだろう。


 それでも、それなりの、それなりに安い、文化的な掘り出し物も、また、必ずあるはずである。


 レコードや、CDや、市販の印刷譜なんかもそうだ。


 核戦争で、あまりに沢山のものが、一挙に消えてしまったから、それらも、貴重なものだ。


 たから、フルトヴェングラーさま(注1) の、ベートーベン交響曲全集の世界初のLPレコードとか、われらが故郷の世界的大指揮者、ワタナベさまによる(注2)、世界最初の、シベリウスさまの交響曲全集ステレオ録音のLPレコードなど、この月で発見できたのは、たいへん嬉しかった。


 もっとも、CDは、ぼくの資料室にあったけれど。


 複数の作曲家さまの、貴重な、伝記本や、ミニチュア・スコアも見つけた。


 まあ、それで、大きな袋をぶら下げて、ホクホクしながら歩いていたら、一軒の小さな喫茶店が目にはいったのだ。


 『名曲喫茶 ルナ・ムンダーナ』


 地球風の、なつかしい感じの喫茶店だった。


  名前にも牽かれた。


 学生時代に通った名曲喫茶と、同じ名前だから。


 ぼくは、吸い込まれるように、中に入った。


 

          🌃



(注1) ドイツの、20世紀最高の指揮者のひとり(1886~1954)。このお話の、スワルト・ヴェングラウ氏のモデル。



(注2) 渡邉暁雄先生(1919~1990)による、『シベリウス交響曲全集』のこと。世界初のステレオ録音による全集でした。デジタル録音による、世界初の『シベリウス交響曲全集』も、渡邉先生指揮によります。やましんは、一度だけ、実演に接しています。 

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