第27話 『王女様』 その3

 王女様は、小声でささやいてきた。


 『彼女は、第二副指揮者ですが、天才ですよ。あなたはよくご存じのように、指揮者の世界も、学校の先生はちょっと別として、長らく男性が独占してきました。ナディア・ブーランジェさまのような、いくらか例外もありますが。でも、20世紀も後半になって、ようやく世界的な女性指揮者が現れてきたのですが、その本格的な活動は、21世紀に入ってからでした。でも、優れた方は、実際、いつもいたのです。出ることができなかっただけです。ようやく、新しい時代が来るというところで、また世界戦争になりましたけど。』


 『あなたは、それを阻止しようとしたのですか?』


 『いたしましたわ。もちろん。しかし、我が王国も、基本的には王室は政治には関わらないのです。ただし、王国を核戦争の犠牲にはしたくない。おわかり?。だから、王国自体を地球から避難させたのです。あたくしは、自分の影響力をどこまで行使すべきか、実は迷いました。もし、あたくしが古い時代のような独裁的な権限を、仮に今、持つことが可能だとしても、それを行使することが、正しいかどうかは、微妙です。多くの指導者たちの意向を無視して。でしょう? それでは、独裁的暴君とまったく、変わらない。』


 『ううん・・・・おっしゃることの真意が、見えないですが・・・・』


 『おほほほほほほほ。あなたは、見た目より、ずっと鋭い。理屈は分からなくても、直感はなかなかです。分かっているでしょう? 分かっておりますわ。』


 褒められたのか、けなされたのか、事実上、『おばかさん』と、言われた気もしなくはないし、いささか判然とはしない。


 『では、コンチェルトからやりましょう。王女様もいらっしゃいますし。』


 その指揮者殿が、われらが王女様に声を掛けた。


 『というわけ。あたくし、とりあえず第2おけと、コンチェルトを演奏いたします。地球のオケは、まだ、レパートリーが限られていますから、分担するのです。あまり酷使すると、過労になってしまうのは、まずいでしょう。頭が、こげついてしまうなんてことも、ないとは言えないから。それに、やはり人間には、競争させることが、わりに有効なのです。そこで、まずは、なんだかんだと言っても、ベートーヴェンさまをやります。二長調のヴァイオリン・コンチェルトです。あ、そうそう、あなたにだけ、打ち明けますが、じつは、途中で、お姉さまが、別途、宇宙船で追いかけて来ます。それはいまや、、伝説の宇宙船『アニーさん』です。この移住船などより、もっともっと早く空間移動が可能です。銀河系外と地球との日帰りも、十分可能ですの。また、アニーさんは、ほぼ無敵の宇宙軍艦でもありますが、観光船としても最高ですの。作られたのは、地球人が誕生する遥か前です。お姉さまは、立場上、あまり表に出にくいのです。だから、あたくしの名前で、ピアノのソロをなさいます予定ですの。きっと、あなたにも、いずれ、ご挨拶なさいますわ。区別がつくかどうか?ほほほほほほほほほ。ふたりひと役で、リサイタルも、各地で開催いたします。その先は、まだ、ひ・み・つ。』


 王女様は、唇に指をあてた。


 『あなたのお話しは、かなりぶっ飛んでます。』


 『お~~^ほほほほほほほほ。では。行ってまいりましょう。』


 ルイーザ王女は、楽器を手にして舞台に上がった。


 詳しくは聞いていないが、彼女の楽器は、むかし、あの、クレモナで制作された名器であると聞いたように思う。


 愚かな核戦争で、多くの楽器が消え去った。


 しかし、タルレジャ王国の王室は、相当数の名高い楽器を保護したらしいとも言われるが、詳細は、まだ公表されていない。


 ベートーヴェンさんの『ヴァイオリン協奏曲二長調作品61』は、べ―先生にしては、かなり抑制された表現のコンチェルトで、ブラームスさんの同じ二長調のヴァイオリン・コンチェルトのほうが、演奏者には華があって、カッコいいとして、そちらのほうが好きな演奏家も多いらしい。


 とは言え、やはり、最終的には、ベートーヴェン先生が頂点にあることを否定するのは、非常に難しいと思う。


 ベー先生は、これを、ピアノ協奏曲にも編曲している。


 また、本来の自筆楽譜では、現行版よりも、ヴァイオリン独奏が入る場所が多く、技巧的にも、もっと難しかったようである。


 現行版は、演奏家と作曲家の妥協の結果のようでもあるらしいが、それが、却って音楽の独自性を高めたともいえそうな気がするのだ。


 演奏家がいなくては、音楽は表現されないのだから。




  ***************    🎻


  

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