第25話 『王女様』 その1

 練習は、ベートーヴェンを、ほとんど、一回でクリアしてしまい、あっさりと、ホルストさまの『組曲惑星』に入った。


 恐るべきことである。


 ホルストさまの『組曲惑星』は、非公式な演奏や、部分演奏を経て、1920年に全曲公開初演が行われた。


 スコアを見ていただければおわかりのように、楽器の数が、ベートーヴェン先生とは大違いである。


 楽員も多くなる。


 おまけに、最後の『海王星』には、女声合唱が幽かに入ることになっている。


 ここを、どうするのか、ぼくは聞いていなかった。


 この作品については、作曲者自身が『これらの曲は、惑星の占星術的意味合いから着想を得ているが、表題音楽ではない。』と、言ったようである。


 中でも『木星』は、非常に有名だった。


 上手な高校生の吹奏楽部が取り上げることも多かった。


 また、名高い中間部には、初演されて間もなく1921年に、ホルスト先生が、セシル・スプリング=ライスさまの作った歌詞を当てて、賛美歌にした。


 その後も、独自のお歌にした例は、よくあったようである。


 たしかに、お歌にしたいところではあるが、この中間部の旋律は、実に巧妙にできていて、一回歌い終わると、自然にオクターヴあがるようになっている。


 したがって、声域の限られた人の声で歌おうとすると、どうしても無理が生じる気がしなくはないが、作曲者様がやってるんだから、構わないのだろう。


 そこは、やはり管弦楽で演奏すると、ぐっと音域が広がるから、それが、一番良い感じにはなる。


 さて、副指揮者殿は言った。


 『じゃあ、まあ、せっかくだから、『木星』から行きます。この時間では、あと、水星と、金星とをやって、今夜の練習で、残りをやります。まあ、火星が、実際、やっかいですね。お待ちかねの女声合唱団は、そこに来る予定です。じゃ、あたまから。』


 四分の二拍子。アレグロ・ジョコーソ。


 ヴァイオリンの1と2が、けっこう混み入った楽句を弾き始め、6小節めから、ホルンが名高い主題を出す。


 けっこう、リズムの刻み方が独特で、くせがある。

 

 簡単ではない。


 ここは、フォルテ。


 やがて、盛り上がって、クラリネット、バスン、ダブルバスン、トロンボーン、さらにテンパニも入って、フォルテイッシモで主題を繰り返す。


 非常に、格好良い部分であるが、音を外すと、目立つ。


 しかし、まったく、外さない。


 『ちょっとまって。うん。いやあ、上手いですよ、さすが、地球代表ですな。で、これは、好き好きですが、フォルテと、フォルテイッシモの差を、もうちょっとつけたいんですよ。でも、まだめいっぱいにはしたくない。ちょっと荒っぽすぎる感じがします。そこんとこ意識して。すこし丁寧に弾いて、吹く、イメージね。コンマスさま、良いですか?』


 『はい。任せてくださいませ。』


 む、このやり取りは何なのだろうか。


 副指揮者殿は、もうちょっと、ノーブルな、つまり、上品な響きが欲しいらしい。


 それが、マエストロの要求なのだろう。


 しかし、先ほどにもまして、上手いことは事実だ。


 こんなに、上手い楽団だったか?


 いやあ、そんなことはなかったなあ、つい、さっきまでは。


 始まった時は、アンサンブルを揃えるのも、やっとこさだった。


 何が違うかと言えば、やはり、王女様がいたかいなかったか、の違いしか、思いつかないのだ。


 コンマスだけで、そんなに変わるだろうか?


 もともと上手いなら、分かるが、そういうわけでもない。


 やはり、この王女様は、この世の者ではないくらいの、怪しい存在なのだろうか。


 そもそも、タルレジャ王国は、核戦争が行われた時間帯には、地球上になかった、とも言われる。


 もちろん、そんなことができるはずがない。


 あり得ないのだ。


 でも、こうして聞いていると、古の名人オーケストラに匹敵するような音が出ているのだから、びっくりだ。


 ぼくは、ますます、不可思議な気持ちになった。





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