第11話 『旅立ち』その7
『あら、写真、撮られたわ。』
ルイーザ王女が呟いた。
彼女の上品な腕輪(などとは、呼ばないだろうが、ぼくは、さっぱり関心がない。)に、小さな光が入っていることに気がついた。
すると、だいぶん向こうの席にいた、地球人ではなさそうな人物が、どこから現れたのか、白いスーツに包まれたいかにも屈強そうな人物二人に、レストランから引っ張り出されるのが見えた。
『一応、あたくし、王女さまなので、護衛がついて回るんだなあ。見えないようにはしてるけどね。とっても強いの。でも、あたくしよりも、ふたりがかりでも、弱いの。王女は、ものすごく強くなければならないわけよ。あれは、どこかの星のゴシップ記者さんよ。パパラッチと、昔は呼ばれた。ただし、この世の中には、あたくしの暗殺を企む勢力もあるから、注意は必要なわけですの。暴力はいたしません。ややこしくなるから。あなた、『王女様と食事する謎の男』、になるかも。嬉しい?』
そういうことは、まったく、予想外であるから、答えのしようがない。
『まあ、間もなく、地球とは、おさらばだからね。気にする必要なはいわ。雑誌なんて文化は、地球の崩壊でなくなるかと思ったけど、地球だけではないらしい。他人様に興味があるのは。』
ルイーザ王女は、有名人である。
生き残った地球最高の天才、とも、いわれているらしい。
ぼくには、縁のない異世界が、突然、攻め込んできたわけだ。
『あなた、意外と有名人になるかも。宇宙使節団のメンバーが発表されたら、当然、あなたも、入るわけよ。しかも、まったく無名の、ごく普通の人達の代表として。言い方は悪いけど、それも、すごく大切だったわけ。別世界の話ではないという、証拠だから。』
『わるいけど、ぼくは、普通の人達以下だからな。』
『それでも、良いの。傷ついたかな?』
『まさか。びっくりだもの。こんなことになるなんて。』
『良かった。合格。』
『は?』
『良いの。気にしないで。オーケストラの関係者は、あたくしの最終的な許可が必要なわけよ。あなたは、ほとんど、問題にならないけど。なかには、やっかいな人もいるわけよ。ほら、あそこに来た。地球最高の天才を自認するもと、天才少年。』
それは、まだ若そうな、なかなか、美しい青年である。
『お姉さまは、彼が、お気に入りなの。でも、あたくしは、ちょっと、苦手なのです。あたくしが、ノー、と言えば、お姉さまでも、覆せない。でも、まあ、ノー、とは言えなかった。紹介いたしましょう。』
ルイーザ王女は、軽く手を挙げた。
レストラン内には、新しい音楽が流れ始めていた。
モーツァルトさんの、名高い、K.331のピアノ・ソナタである。
地球壊滅前には、音楽好きなら、知らない人はいなかった音楽である。
第3楽章は『トルコ行進曲』と呼ばれていた。
このピアノ・ソナタは、大衆的な人気を、実は、はるかに上回る、革命的な傑作なのである。
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