第9話 『旅立ち』その5
レストランに来る前に、ぼくは、当然合格発表を確認してきた。
大きな紙に、応募分野ごとに手書きで番号が書かれている。
不思議なのは、見に来ている人が、意外に少ないことと、だから、じつに、しん、とした光景だったことだ。
実際のところ、あとから聞くところ、今日の『最終選考』とは別に、分野別の選考が行われていたのである。
今の地球では、簡単には居場所から離れられない人もあるようだし、分野により、選考場所が宇宙空間だったりもしたらしい。
選考側の人員も限られているから、分割選考になったのだろう。
ま、合格していた。
しかし、あまり、感動しなかった。
たぶん、この環境が、あまりに現実離れしているからだろう。
🌸
『当然、合格だったでしょう?』
ルイーザはそう言った。
『なんで、わかるのですか。』
『落ちるわけがないから。』
『は?~』
この人は、何なのだろう。
なんだか、すごく、どこかで見たことがある気がする。
すらっとした、美しく輝く褐色の肌に、薄着だが、やたら高価そうな、首飾り。
足元は裸足のままで、上品な『環』をくるぶしに嵌めている。
考えてみれば、面接会場にはいなかった。
それ自体は、だから、おかしくない。
レストランの中に、BGMが流れ始めた。
『シベリウス先生(1865~1957)ですな。『トゥオネラの白鳥』。『4つの伝説曲』のなかのひとつ。まあ、一番有名な。あまり、レストラン向きではないかな。トゥオネラ川は、フィンランドの『カレワラ』に出てくる黄泉の川。三途の川にあたる川。川は、人間にとっては、しばしば、大きな障壁になる。』
『ほら。だからよ。』
『は?』
『いまどき、この音楽を聴いて、シベリウスですな。な〰️〰️んて、言える人間は、ほんとに、限られてる。まして、『カレワラ』もね。あなた、この曲のスコアをお持ち?』
なんだか、どこかの王女さまのようにおっしゃる。
王女さま。
ぼくの記憶が、ぎくっと、動いた。
『まあ、ちいさいのなら。』
『信じがたいでしょうけれど、たぶん、この世界には、それしか残ってない。タルレジャ王国のほかにはね。この演奏は、どなたの指揮かなあ?』
『さあて、録音聴いて、だれの指揮なんて、そりゃ、よほどでないと、わからないよ。タルレジャ王国って、またく、核戦争の被害がなかったの? なんか、地球から消えたとかも?』
『まずは。あてずっぽうでも。答えなさいな。』
なんか、なまいきだなあ。
『この、ゴージャスなおとは、カラヤマ、さまの指揮だろうかな。ベルリン・シンフォニア・フィル。』
『たぶん、あたってるわ。だって、あなたの寄付した音源だものね。ちょっとレストランで試験してみる、とか、音楽監督さんが言っていらしたわ。さっき。』
『監督って、だれ?』
『音楽監督。スワルト先生。』
『え。なんか。親しそうだね。』
『まあ、友人だから。娘さんは、あたくしの先生のおひとりだし。』
『まったあ。スワルト・ベングラウ氏の友人て、え、娘さんはヴァイオリニストのアナさんだろ。その弟子の、ルイーザさん。え〰️〰️❗それって、タルレジャ王国のたしか、ルイーザ王女。天才ピアニスト、で、ヴァイオリニスト。天才発明家。地球的お嬢様、タルレジャ王国の三姉妹として有名。人気。みため、とても、おしとやかだが、じつは、かなり気が強くて………あ。いや。うほん。』
『わかったでしょう。言ってしまったことは還らないのよ。あなたは、深い山のなかでも、そうした情報は持っていたわけだ。ふつうなら、そのまま、蒸発するところなんだけど、たまたま、なぜか、助かった。放射線障害の問題は、宇宙人がかたづけた。それだけで、こうして、あたくしと、お友だちになれたわけよ。ありがたいと、思いなさいませ。』
『お友だち、って、言われましても?』
『一緒に、はるかな宇宙に行くわけだから、お友だちなわけ。よろしくね。あたくし、ルイーザ・タルレジャ。本当の名前は、もっと長いけど、だれも、覚えてなんかいないわ。』
『たしか、双子のお姉さんがいたはず。』
『ヘレナね。ヘレナは、さすがに、その、なぞの王国からは、離れられないからね。まあ、同じ顔がふたりいても、しかたないしね。王国は、地球から、少し次元移転したわ。』
『じ、…………じげんいて、ん?』
ルイーザの、美しく輝く、褐色の肌がまぶしい。
『トゥオネラの白鳥』は、ついに、佳境に入った。
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