第5話 『旅立ち』その1


 それ以上、オーディションのことを話しても、つまらないだけであろう。


 ただ、アレグロ・コン・ブリオ氏から、ひとつだけ質問が来た。


 『あなたは、100メートルを、何秒で走るのか?』


 これは、まったく、考えてもいなかった。


 スポーツ選手の部門ならもちろん、重要だが、オーケストラのライブラリーでの応募なのだから。


 ぼくは、もう、60歳を越えている。


 高校生以降に、100メートル走なんか計測したこともない。   


 それに、高校生のころの記録なんか、覚えてさえいない。


 小学生のときは、50メートルで、市内20位だった。


 たしか、6秒3だった。


 遅くはないが、大したことはない。 


 だから、そう答えたのである。


 すると、アレグロ・コン・ブリオ氏から、追加試験を言い渡された。


 昼食後、2時から、グラウンドで、100メートル走ってもらう、と。


 死ぬかもしれないと思った。

  

 ぼくの腎臓には問題がある。


 履歴書には、書いていないが。


 健康診断書の提出は、採用選考にあたって、事前に要求するのは、例外を除いて禁止されている。


 が、今回は、例外に、あたるのだそうだ。


 だから、ぼくの身体的問題は、把握されている。


 まあ、100 メートル走って死ぬことは、実際にはないだろうが。



・・・・・・・・・・・・・・・・



 なかなか、立派な食堂で、好物のチキン・ライスをいただいて、少し休憩したあと、運動着を借りて、ぼくはグラウンドに出た。


 気持ちよい風がふきぬけるが、宇宙人たちの技術がなければ、放射線量が高くて、本来ならば、おそとに出られたものではなかった。


 そこには、20人ばかりがいた。


 『じゃあ、準備運動しまし。』


 ピッチカート星人らしいアシスタントが言った。


 ぼくたちは、軽く体操をし、グラウンドを一周した。


 ぼくは、ほかのひとと、なかなか、動きが合わない。


 まあ、そんなもんだ。


 だいたい、ピッチカート星人のまねは、地球人には不可能である。


 頭が、上下に移動するし、前後ろの区別が、そもそもつかない。


 見ていると、気持ち悪いよりも、大変に楽しいのだ。


 『では、6人づつ走ってもらう。地球の単位で計測する。ピッチカート星人の、タンバリンさんにはかっていただく。なお、各グループには、私が入り、一緒に走る。年もとったが、まだまだ、負けないつもりだが、遠慮なく、追い越してほしいぜ。おいらは、負けない。』


 最後の一言は、アレグロさんのいつものメッセージである。


 アレグロさんは、そうは言ったが、確か、昨年も、9秒ゼロで走っていたと、聞いている。


 目標としては、最高だし、このかたと一緒に走れるなんて、奇跡みたいなもんだが、スポーツカーに、三輪車で挑むようなものだ。


 ぼくは、4つのグループの、3つめに振り分けられた。


  

    🏃💨💨💨     🚶💦

 


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