第2話 『オーディション』その2
暫定首都が、こんなにも美しいところとは、ただただ、あきれるばかりである。
そもそも、建築材料が何なのか、見当もつかない。
石のようだが、まったく凸凹が無く、金属のようだが、溶接されたような場所がなく、おまけに、照明器具がないのに、非常に明るい。
壁が光っているわけでもなさそうだ。
窓ガラスといっても、どうも、普通のガラスとは、どこか質感が違う。
ぼくは、建築の知識はまったくないが、この不思議なビルには圧倒された。
おまけに、ここには、広大な飛行場があるが、地球の飛行機とはまったく違うものが飛び交っている。
ぼくが、乗ってきたのは、古風な地球のジェット機だったのだが。
ここにいるのは、プロペラもないが、ジェットエンジンでもないし、ロケットでもない。
またく、なんにも、お尻から放出されていない。
常識的なU.F.Oというものとも、多くは違っている。
まんまるだったり、まっ平らだったり。
まんまるは、まだしも、二次元平面の上に、よくわからないが、人らしきものが乗り込むと、みな、消えてしまう。
ぼくは、おどおどしながら、案内役のロボットらしい、美しすぎるお姉さまに先導されて、面接会場に入った。
この方とは、あとで、また出会うことになる。
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それは、壮観だった。
ずらっと並んだ面接担当の人たち。
知らない方が多いが、中には、テレビで昔よく見た超有名人がいる。
ど真ん中には、マオ・マ氏がいた。
『地球国際連合会』最後の会長さんだった方だ。
もう、100歳くらいになるのではないかと思うが、じつにかくしゃくとしている。
アジア系の地球人には、今でも名高いが、欧州方面の人からは、ずいぶん非難もされてきたと聞く。
『戦争を止められなかった会長。』
『黄色のかいじゅう』
『最後の失敗者』
まったく、ひどい中傷があったものだ。
しかし、戦争から時間が経つにつれ、当時の真実が明らかになってきた。
会長さんの、必死の働きかけにもかかわらず、当時、世界の大国の首脳たちは、秘密裏に約束をしたらしい。
『自分たち以外のものが、地球を支配するのは、みな許せない。だから、地球は一旦滅亡させよう。復興は、ゆっくりでよい。それまでは、火星植民地で、エリートたちによる、新文明を築き上げる。その先は、その時考えよう。』
という、内容だったらしい。
肝心の当事者たちが、宇宙に逃亡し、逃げ廻っていて、なかなか、捕まらないらしいが、側近たちなどの証言からしたら、おおまか、そういうことだったらしい。
大変残念ながら、火星入植地は、地球から持ち込まれた最新型コロナウイルスにより、これまた、ほぼ、壊滅してしまった。
対策をしていたはずなのに、失敗したらしい。
持ち込まれた以降、少し時間をおいて、活性化したらしいと聞く。
生き残った人たちは、宇宙人の救助隊に保護されたが、地球は、燃え尽きていた。
地球文明が滅びたおかげで、うまく、お薬を作れなかったのだともいう。
タイミングが、あまりに良くなかったのだろう。
しかし、彼は生き残り、ここにいる。
それから、ぼくのようなアマチュアには、まさに神様というべき人がいた。
大指揮者、スワルト・ヴェングラウ氏である。
さらに、その敵役というか、もう一人の大家、パスカ・ノーニ氏がいた。
どちらも、重鎮である。
パスカ・ノーニ氏は、俗に、パワハラ指揮者として、名高いが、作り出す音楽は比類がないとされる。
スワルト・ヴェングラウ氏は、基本、紳士的な方だが、その時その時の、ひらめきが素晴らしい。
同じ演奏は、決してしないという主義がある。
楽員から見たら、恐ろしい事では、供に引けを取らないとも言われる。
絶対に、妥協はしない。
もうひとり、グリーノ・ゼンダー氏がいた。
博愛主義で知られる、大指揮者で、大ピアニストである。
さらに、そこには、アレグロ・コン・ブリオ氏がいるのが分かった。
100メートルを、8秒99で走った、人類最速の男である。
陸上競技のキングとも言われる。
こうした人たちと、あと、知らない人も多数、ずらりと並んでいたのだ。
画家の、カソ・ダリピ氏がいたのにも、びっくりしたが、彼は分野外なこともあってか、一言も発しなかった。
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『さて、一般常識はここまで。で、あなたは、この仕事が、命がけであることを、理解していますか?』
面接を主導していたのは、世界一名高いアナウンサーとされる、マイクロ・ジョブダン氏である。
もっとも、ぼくは、あまり知らない人だったが。
『はい。すべて、人類未踏の地だと言いますから、生きて帰れないかもしれないと思います。でも、全力で、生きて帰りたいです。』
『ははは。まあ、みなさんそうですよね。あなたは、多数のクラシック音楽の音源を寄贈してくださるという。ライブラリーの希望での応募ですが、ありがたいことだ。しかし、フルートも演奏になるのですか?』
『吹きますが、ほんとに、アマチュアレベルです。』
『これが、あなたの楽器ですね、何でもよいので、さわりを吹いてみてください。』
これは、あるかもしれないと思ったが、危険だとも、思っていた。
こんな、神様みたいな人たちに、聞いてもらえるようなものではない。
しかし、やらないわけにはゆかない。
ぼくは、あらかじめ想定していた、テレマン氏(1681~1767)作曲の『無伴奏フルートのための12のファンタジー』から、『第6番ニ短調』を暗譜で演奏した。
これは、大変に、深遠な音楽なのだ。
とくに最初の部分は、じ~~んと、くる。
深夜に、ひとり聴くには、お勧めの音楽である。
しかし、自分で言うのもなんだが、まあ、へたくそである。
もちろん、けっして、易しくはないが、アマチュアに吹けないほどでもない。
『ドルチェ』『アレグロ』『スピリトゥオーソ』の三つの部分からなる、ソナタである。
5分半少々かかるが、なぜだか最後まで止められることはなく、吹いてしまったのだが、目が白黒してしまった。
びっくりしたことに、全員が拍手してくれたのである。
まあ、落とされても、これだけでも、十分甲斐はあったといえる。
『なかなか、上手ですね。では、次に、あなたが、宇宙人さんたちの前で、解説をするつもりで、楽曲解説をしてください。ええと、何にしますか?』
スワルト・ヴェングラウ氏は、『ホルストさんの『組曲惑星』でよろしかろう。』
と、言った。
しかし、パスカ・ノーニ氏は反対した。
『いやいや、やはり、ここは、ベートーヴェンさんでなければならんだろう。地球の誇りだ。『第9交響曲』にしたまえ。』
『そりゃあ、きみ、あまりに、壮大過ぎる。』
ふたりが、言い合いになりそうだった。
『ほう・・・団長、いかがしますか。』
団長と言われた、マオ・マ氏は、にこにこしながら言った。
『両方にしましょう。時間はある。』
『アジア人びいきですな。』
パスカ・ノーニ氏が、皮肉に言った。
『なんと、先生、もう、そういう時代ではないですぞ。』
スワルト・ヴェングラウ氏が即座に反論した。
『わかっておる。ジョークだ。ジョーク。』
『たしかに、ジョークですね。簡単に話していただければいいですよ。聴衆は、あまり長い解説は好まないから。』
グリーノ・ゼンダー先生が仲をとりもったのだ。
この三人が、生き残っていたのは、まことに目出度い限りだが、この先も、このような関係が続くことになるのである。
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