第2話 『オーディション』その2


 暫定首都が、こんなにも美しいところとは、ただただ、あきれるばかりである。


 そもそも、建築材料が何なのか、見当もつかない。


 石のようだが、まったく凸凹が無く、金属のようだが、溶接されたような場所がなく、おまけに、照明器具がないのに、非常に明るい。


 壁が光っているわけでもなさそうだ。


 窓ガラスといっても、どうも、普通のガラスとは、どこか質感が違う。


 ぼくは、建築の知識はまったくないが、この不思議なビルには圧倒された。


 おまけに、ここには、広大な飛行場があるが、地球の飛行機とはまったく違うものが飛び交っている。


 ぼくが、乗ってきたのは、古風な地球のジェット機だったのだが。


 ここにいるのは、プロペラもないが、ジェットエンジンでもないし、ロケットでもない。


 またく、なんにも、お尻から放出されていない。


 常識的なU.F.Oというものとも、多くは違っている。


 まんまるだったり、まっ平らだったり。


 まんまるは、まだしも、二次元平面の上に、よくわからないが、人らしきものが乗り込むと、みな、消えてしまう。


 ぼくは、おどおどしながら、案内役のロボットらしい、美しすぎるお姉さまに先導されて、面接会場に入った。


 この方とは、あとで、また出会うことになる。



        **********



 それは、壮観だった。


 ずらっと並んだ面接担当の人たち。


 知らない方が多いが、中には、テレビで昔よく見た超有名人がいる。


 ど真ん中には、マオ・マ氏がいた。


 『地球国際連合会』最後の会長さんだった方だ。


 もう、100歳くらいになるのではないかと思うが、じつにかくしゃくとしている。


 アジア系の地球人には、今でも名高いが、欧州方面の人からは、ずいぶん非難もされてきたと聞く。


 『戦争を止められなかった会長。』


 『黄色のかいじゅう』


 『最後の失敗者』


 まったく、ひどい中傷があったものだ。


 しかし、戦争から時間が経つにつれ、当時の真実が明らかになってきた。


 会長さんの、必死の働きかけにもかかわらず、当時、世界の大国の首脳たちは、秘密裏に約束をしたらしい。


 『自分たち以外のものが、地球を支配するのは、みな許せない。だから、地球は一旦滅亡させよう。復興は、ゆっくりでよい。それまでは、火星植民地で、エリートたちによる、新文明を築き上げる。その先は、その時考えよう。』


 という、内容だったらしい。


 肝心の当事者たちが、宇宙に逃亡し、逃げ廻っていて、なかなか、捕まらないらしいが、側近たちなどの証言からしたら、おおまか、そういうことだったらしい。


 大変残念ながら、火星入植地は、地球から持ち込まれた最新型コロナウイルスにより、これまた、ほぼ、壊滅してしまった。


 対策をしていたはずなのに、失敗したらしい。


 持ち込まれた以降、少し時間をおいて、活性化したらしいと聞く。


 生き残った人たちは、宇宙人の救助隊に保護されたが、地球は、燃え尽きていた。


 地球文明が滅びたおかげで、うまく、お薬を作れなかったのだともいう。


 タイミングが、あまりに良くなかったのだろう。


 しかし、彼は生き残り、ここにいる。


 それから、ぼくのようなアマチュアには、まさに神様というべき人がいた。


 大指揮者、スワルト・ヴェングラウ氏である。


 さらに、その敵役というか、もう一人の大家、パスカ・ノーニ氏がいた。


 どちらも、重鎮である。


 パスカ・ノーニ氏は、俗に、パワハラ指揮者として、名高いが、作り出す音楽は比類がないとされる。


 スワルト・ヴェングラウ氏は、基本、紳士的な方だが、その時その時の、ひらめきが素晴らしい。


 同じ演奏は、決してしないという主義がある。


 楽員から見たら、恐ろしい事では、供に引けを取らないとも言われる。


 絶対に、妥協はしない。


 もうひとり、グリーノ・ゼンダー氏がいた。


 博愛主義で知られる、大指揮者で、大ピアニストである。


 さらに、そこには、アレグロ・コン・ブリオ氏がいるのが分かった。


 100メートルを、8秒99で走った、人類最速の男である。


 陸上競技のキングとも言われる。


 こうした人たちと、あと、知らない人も多数、ずらりと並んでいたのだ。


 画家の、カソ・ダリピ氏がいたのにも、びっくりしたが、彼は分野外なこともあってか、一言も発しなかった。



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 『さて、一般常識はここまで。で、あなたは、この仕事が、命がけであることを、理解していますか?』


 面接を主導していたのは、世界一名高いアナウンサーとされる、マイクロ・ジョブダン氏である。


 もっとも、ぼくは、あまり知らない人だったが。


 『はい。すべて、人類未踏の地だと言いますから、生きて帰れないかもしれないと思います。でも、全力で、生きて帰りたいです。』


 『ははは。まあ、みなさんそうですよね。あなたは、多数のクラシック音楽の音源を寄贈してくださるという。ライブラリーの希望での応募ですが、ありがたいことだ。しかし、フルートも演奏になるのですか?』


 『吹きますが、ほんとに、アマチュアレベルです。』


 『これが、あなたの楽器ですね、何でもよいので、さわりを吹いてみてください。』


 これは、あるかもしれないと思ったが、危険だとも、思っていた。


 こんな、神様みたいな人たちに、聞いてもらえるようなものではない。


 しかし、やらないわけにはゆかない。


 ぼくは、あらかじめ想定していた、テレマン氏(1681~1767)作曲の『無伴奏フルートのための12のファンタジー』から、『第6番ニ短調』を暗譜で演奏した。


 これは、大変に、深遠な音楽なのだ。


 とくに最初の部分は、じ~~んと、くる。


 深夜に、ひとり聴くには、お勧めの音楽である。


 しかし、自分で言うのもなんだが、まあ、へたくそである。


 もちろん、けっして、易しくはないが、アマチュアに吹けないほどでもない。


 『ドルチェ』『アレグロ』『スピリトゥオーソ』の三つの部分からなる、ソナタである。


 5分半少々かかるが、なぜだか最後まで止められることはなく、吹いてしまったのだが、目が白黒してしまった。


 びっくりしたことに、全員が拍手してくれたのである。


 まあ、落とされても、これだけでも、十分甲斐はあったといえる。


 『なかなか、上手ですね。では、次に、あなたが、宇宙人さんたちの前で、解説をするつもりで、楽曲解説をしてください。ええと、何にしますか?』


 スワルト・ヴェングラウ氏は、『ホルストさんの『組曲惑星』でよろしかろう。』


 と、言った。


 しかし、パスカ・ノーニ氏は反対した。


 『いやいや、やはり、ここは、ベートーヴェンさんでなければならんだろう。地球の誇りだ。『第9交響曲』にしたまえ。』


 『そりゃあ、きみ、あまりに、壮大過ぎる。』


 ふたりが、言い合いになりそうだった。


 『ほう・・・団長、いかがしますか。』


 団長と言われた、マオ・マ氏は、にこにこしながら言った。


 『両方にしましょう。時間はある。』


 『アジア人びいきですな。』


 パスカ・ノーニ氏が、皮肉に言った。


 『なんと、先生、もう、そういう時代ではないですぞ。』


 スワルト・ヴェングラウ氏が即座に反論した。 


 『わかっておる。ジョークだ。ジョーク。』


 『たしかに、ジョークですね。簡単に話していただければいいですよ。聴衆は、あまり長い解説は好まないから。』


 グリーノ・ゼンダー先生が仲をとりもったのだ。


 この三人が、生き残っていたのは、まことに目出度い限りだが、この先も、このような関係が続くことになるのである。



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