第21話:絆と懇願

「大丈夫かい、マチルダ嬢。

 苦しい所があったり痛い所があったりするのなら、我慢しないでくれ。

 マチルダ嬢に何かあったら私は暴走してしまうからね」


 サーニン皇太子が呪殺されかけたマチルダ嬢を見舞う。

 呪殺されかけた事でマチルダ嬢の心身は激しく損傷してしまった。

 治癒魔術で身体自体は完治しているはずなのだが、呪殺の悪影響がどこかに残っていないとは言い切れない。

 何より治癒魔術では癒せない心や魂の損傷が心配だった。

 だから皇太子宮の最奥で厳重に護られ静養しているのだ。


「そんな事はありません、皇太子殿下はとても気高い御方ですから、大丈夫です。

 私的な感情で暴走して、何の罪もない民に負担をかけたりはされません。

 暴走したように見えても、罰を与えていい者にしか攻撃はされません。

 私には分かっています」


 手放しの信用信頼を受けている事に皇太子の胸はチクリと痛んだ。

 マチルダ嬢の視線が皇太子の顔の傷に向けられている事でその痛みは強くなる。

 表向きはフランドル王国のロバート王太子の凶行を証明するために、顔の傷を完治させずに残してあるのだが、実際には違う。

 マチルダ嬢に恩を着せて自分から離れないようにするためだった。


 恋は人間を強くもすれば弱くもする。

 誇り高く高潔な精神を持っていたはずの皇太子を、恋心が弱くしてしまった。

 やっと見つけた清廉な心を持つマチルダ嬢が自分から去っていくのが怖くて、傷を残すという姑息な事をやってしまっていた。

 その罪の意識が皇太子の胸にジクジクとした痛みを生み出していた。


 だが皇太子の言っている事も全て嘘という事ではない。

 反皇太子派の策謀を防ぐ意味では、傷を残す事は正しいのだ。

 マチルダ嬢をロバート王太子から略奪したという悪評を抑えるためには、目に見える傷は何よりも説得力があった。

 そんな事に思い悩む事自体が、皇太子が気高い心を持っている証拠だった。


「ありがとう、マチルダ嬢。

 貴女の期待を裏切らないように自分を律して生きるよ。

 でも、だからといって、貴女がいなくなってしまったら私は絶望してしまう。

 片翼を失った鳥のように、何もできなくなってしまうよ。

 君に出会う前なら、何があっても理想に向けて生きていけただろう。

 だが一度君という存在を知ってしまったら、もう出会う前には戻れない。

 何も楽しめず、何かを成そうという気力も湧いてこないだろう。

 だからお願いだ、私を残していかないでくれ。

 私を評価してくれるのなら、私の理想が正しいと言ってくれるのなら、私のために自分を大切にして生き続けて欲しい、お願いだ、マチルダ嬢」

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