第20話:憤怒
サーニン皇太子は迷わなかった。
即断即決して密偵に命令を下した。
「呪殺に使うモノを集めろ。
オリアンナとモーラはもちろん、ディグビー王家とフランドル王家のモノも全部集めて呪殺の準備を整えろ」
皇太子の命令は速やかに実行された。
ルーサン皇国の家臣となり、皇都の外れに屋敷を構えたファルド公爵家のモノは直ぐに集まったが、ディグビー王家とフランドル王家のモノは中々集まらなかった。
皇国の密偵が一生懸命に集めようとしたが、相手も一国の王族だ。
呪殺に使える身の回りのモノはそう簡単に集められるモノではなかった。
血や肉片などとても集められるモノではない。
髪の毛や爪だって厳重に管理処分されているのだ。
「皇太子殿下、今しばらくお待ちください。
今オリアンナ嬢とモーラ夫人を呪殺すると、ディグビー王家とフランドル王家の警戒が厳重になってしまいます。
ようやくマティルド王妃とアビゲイル王妃の侍女を籠絡する事ができました。
髪の毛を手に入れられるめどがついたのです。
今しばらく自重願います」
密偵には皇太子の苛立ちが分かっていた。
呪殺に使うモノを集めようとしたことで、修道院送りになったオリアンナが逆恨みして、マチルダ嬢を呪殺する準備をしているのが分かったのだ。
だが同時にそのお陰で、前回のマチルダ嬢に対する呪殺未遂に関係していないのも分かったので、報復すべき相手ではない事が分かってしまった。
「皇太子殿下、オリアンナ嬢の呪殺には十分な対策を取っております。
オリアンナ嬢に呪殺を行わせて返した方が絶望感を与えられます。
何よりマチルダ嬢に嫌われる心配がなくなります。
殿下が何よりも気にかけておられるのはその事ではありませんか。
先制で呪殺を行えばマチルダ嬢に嫌われてしまうかもしれません」
密偵は決死の思いで言い難い事を口にした。
今では皇太子宮に仕える者全員がマチルダ嬢の清廉潔白な性格を知っていた。
同時に皇太子殿下がマチルダ嬢を溺愛している事も知っていた。
だからこそマチルダ嬢の名前を出す事は諸刃の剣だった。
皇太子殿下を抑える事もあれば激怒させる事もある。
密偵は心から皇太子殿下を尊敬し忠誠を誓っていた。
皇太子殿下に幸せになって欲しいとも思っていた。
殿下がマチルダ嬢の害になる者を事前に取り除きたいと思っている事も知っていたが、同時にマチルダ嬢に嫌われたくないと思っている事も知っていた。
その前提で今回の提案をしたのだ。
感情を抑えようとガリガリと音がするほど奥歯を噛みしめる皇太子の前で、密偵は永遠とも思える不安な時間を過ごしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます