第16話:内助の功

「私は皇太子殿下のお陰で今も生きていられるのです。

 この命は皇太子殿下のために使いべきモノです。

 皇太子殿下の行く道の妨げになってまで生き続ける気はありません。

 もし皇太子殿下が私のために自分の道を歪められたなら、私は死にます。

 その事をご理解くださって決断されてください、皇太子殿下」


 マチルダの嘘偽りのない本心だった。

 その表情と瞳に宿る真摯な光を見れば明らかだった。

 サーニン皇太子は心から感動していた。

 同時に自分の目に狂いがなかった事に安堵していた。

 帝王学の一環で歴史を学んでいる皇太子は、名君賢君だった王が女色で堕落してきた歴史を知り、自分が同じことをしないように心を律していたからだ。


 だが安堵していたのは皇太子だけではない。

 マーリア皇后も心から安堵していた。

 マチルダの事を側近から聞いていた皇后も心配していたのだ。

 側近達の私利私欲による嘘偽りを割り引いても、今回のプロポーズは異常だった。

 どのような理由があろうと、フランドル王国王太子の婚約披露宴に招かれて出席したにもかかわらず、王太子の婚約者を奪っているのは動かし難い事実なのだ。


 確かに信頼できる密偵の報告ではロバート王太子の方に非がある。

 婚約披露宴に出席していた全ての王侯貴族がロバート王太子を非難している。

 動かし難い証拠としてサーニン皇太子の顔には傷跡が残っている。

 だが、それでも、皇国内の権力闘争では不利になりかねない。

 皇太子の傷跡を、婚約者を奪われそうになったロバート王太子が、正義の刃を振るったと言い立てる者が現れる可能性があった。


 それ以上に心配だったのが、全ての絵図をマチルダが書いていた場合だ。

 マチルダが最低最悪の悪女であった場合だ。

 最初にロバート王太子を誑かしてフランドル王国の王妃の座を狙い、サーニン皇太子と出会った事を契機に、ルーサン皇国の皇后の座を狙っている場合だった。

 皇太子を心から愛している皇后には絶対に見過せない事だった。

 だがその心配が杞憂だと分かった事で心から安堵していた。


「分かったよ、マチルダ嬢。

 君の気高い想いは無駄にしないよ。

 自分の道をマチルダ嬢のために歪める事はしない。

 だけどね、政治上の都合で妥協する事はありえるんだよ。

 だから先走って自害するのだけは止めてくれ、いいね」


 皇太子は心から不安に思っていた。

 皇太子は自分が正義感の強い人間だと思っている。

 理想を掲げ一歩一歩進んでいる自覚もある。

 だが理想のために現実を無視して、皇国に大きな被害を出すほど意固地ではないとも思っていたから、その時にマチルダ嬢が自害してしまう事が怖かった。


「いいね、マチルダ嬢。

 私は皇国の民が幸せになるためなら清濁併せ吞むつもりだからね」


 そんな皇太子の言葉を皇后は黙って聞いていたが、心密かにある決意を固めた。

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