第14話:覚悟

「マチルダ嬢、本当にこれでいいのですか。

 このままではサーニン皇太子殿下が廃嫡されてしまうかもしれないのですよ。

 大恩ある皇太子殿下をそのような状態に追い込んでいいのですか。

 ここはマチルダ嬢が恩を返す時ではないのですか。

 自ら進んで皇后殿下の所に行くと申されるべきではありませんか」


 比較的優れた家臣を集めている皇太子宮にも小心者はいる。

 私利私欲のためなら皇太子殿下から利をかすめようとする者もいる。

 各派閥から送り込まれた密偵もいる。

 そんなモノの中に保身に走る者がいた。

 皇后から褒美をもらおうというゲスな事を考えたモノがいたのだ。

 だがそんなゲスにマチルダ嬢は毅然と答えた。


「確かに私はサーニン皇太子殿下から大きな恩を受けています。

 大恩を受けているからこそ、皇太子殿下の意にそわない事はしません。

 私は皇太子殿下が廃嫡になろうとついてきます。

 そこが例え地の果てであろうと地獄であろうとです。

 ですから私は皇后殿下に会おうとは思いません」


 私利私欲のゲスは返事ができずに口をパクパクさせるだけだった。

 彼女の基準では皇太子妃の座に執着しないなど考えられなかった。

 将来の皇后の座を眉一つ動かさずに捨てるなど論外だった。

 だからこそ二の句がつけずに硬直してしまっていた。

 ここで事の成り行きを見守っていた皇太子が動いた。


「この宮に私利私欲に走るモノは不要だ。

 特におのれの保身のために主君を裏切り陥れるモノは不要だ。

 主君を陥れて利を得ようとしたこの者を処刑しろ。

 ただしマチルダ嬢に汚い所を見せるなよ」


「承りました」


 サーニン皇太子の近衛騎士の一人が裏切者の首根っこを掴んで引きずり出した。

 血塗れでその場で固まっている副使と使者の付き人が呆然とその姿を見ていた。

 彼らは思い知っていたのだ。

 自分達が龍の逆鱗に触れてしまった事を。

 このままでは間違いなく殺されてしまう事を。

 あまりの恐怖に副使と使者の付き人も失禁してしまった。


「オルガ、四人ほど連れてこの連中を皇后殿下の所に連れて行ってくれ。

 事の顛末を偽りなく伝えてくれ。

 最初にこの連中に全て話させてくれ。

 いいか、お前達。

 正直に、偽ることなく、全てを話すんだ。

 そうすれば宮を汚した罪は不問にしてやる。

 ほんのわずかでも嘘偽りを皇后殿下に言ったら、殺す。

 お前達だけでなく、一族一門を皇太子不敬罪で処刑する。

 分かったな」


「ウッヒッイイイイ」


 副使と使者の付き人は言葉にならない返事をした。

 オルガが四人の近衛騎士に副使と使者の付き人を引きずらせて皇后宮に向かった。

 当然だが四人は女性の近衛騎士だ。


「さて、最後の優しさを与えてやる。

 余よりも他者に忠誠心を持っている者は宮を去れ。

 明日以降余よりも他者に忠誠心を持っている者は問答無用で斬る。

 人よりも金や権力の眼が眩んでいる者も同じだぞ」

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