2 あるべき場所
吹き荒れる風はただ冷たいだけでなく鋭い痛みをもたらす。ただしそれは体にではなく心に、である。
龍見は今、かつてラーたちの一族が住んでいた雲を突く山、その山頂付近にある
あの『方舟』との戦いに決着がついた時。地球と融合しかけていた『方舟』の残骸が元居た世界、つまりラーたちがいた『竜の
そのおかげで龍見は今ショウたちを含め十数人の勇者たちと共にこの世界にやってきた。
だが、そこで待っていたのは喰らうモノの襲撃ではなく死に向かう世界だけであった。
「元々『方舟』だけが本体で他は全て眷属だったのか、あるいは『方舟』がこの世界の力を吸いつくしたので他の個体は別の世界に逃げたのか。どちらにせよ、この世界にはもう喰らうモノはいないようだね」
「ついでに生き物もな」
「ルカ!」
ショウの言葉に思わず口が滑ったルカは龍見の顔を窺う。どういう理由かは分からないが、今や聖龍の化身となった龍見にはルカも頭が上がらないのだ。
だが、龍見は悲しそうな顔をしたまま社を見つめ動かない。
その場所はかつてラーの父が座し娘であるラーと良く語り合っていた場所だった。
「父様、私も父様のように皆を守り立派に使命を果たしてみせます!」
「ハハハ、頼もしいな。さすが我が娘よ」
何がラーを変えてしまったのか。その部分の記憶に関しては龍見ですら見る事は出来なかった。「魔術による思考誘導、あるいは洗脳ではないか」と聞かされたが、その方面の知識がない今の龍見では真偽は分からない。
「外の世界から来た人、か」
唯一それらしきことが行えそうなのは記憶の中でラーと父の言い争いの原因になっていた人物だ。一応この件はイルマにも伝えてあるので、その方面の調査力が優れているユグドラシルに期待するしかない。その内ユグドラシルもこの世界に調査に来るはずなので、その時に何か分かるかもしれない。
(もし、作為的にこの悲劇を引き起こした者がいるのなら私はその人を許さない!)
「や、やっぱり怒っているのか?」
いつの間にか近くに来ていたルカがこわごわと龍見から離れようとする。
「え?いや、違うから。というか最近ルカ、冷たくない?なんか私といつも距離をとろうとしてるよね。最初に会った時なんかたこ焼き奢らせたくせに」
「いや、別にそんな事は……ってやめろぉ!抱きつくんじゃねぇ!」
「ハハ、ルカは白いモコモコした生き物が苦手なんだよ。幸原さんの変身を見て完全に怯えちゃってるんだよ」
「テメー、ショウ!余計な事言ってんじゃねえよ!」
「なにせ白い子猫や子犬を見ただけで逃げ出すくらいですからね」
「ああ~、時々犬や猫が近づいてきたら顔色変えてどこかに行っちゃうのはそういう……」
「うるせ~、うるせ~、うるせ~!」
普段尊大な竜族の姫にも意外な弱点がある事を知り龍見はクスクスと笑う。重苦しかった空気がほんの少しだけ軽くなった気がする。
そしてショウの持つ万能ツール『ヤオヨロズ』のアラームが鳴る。それはこの世界から去る時間が来たという知らせだった。
「……それじゃ、そろそろブレイズアークに戻ろうか?」
「うん、でもその前に……」
龍見が両手の手のひらを上に向けると、その上に光の球が生まれた。
『支配の力』。
今回の事件の原因となり新たな出会いをもたらした古の遺産である。
「お、おい!」
「大丈夫、ただあるべき物をあるべき場所に返すだけ」
自分の命を犠牲にするのではと心配するルカに笑いかけ、龍見は『支配の力』に残っていた全ての力を開放した。それは『方舟』が奪ったこの世界の生命力だった。
放たれた力は黄金色に輝き輪のように広がり、そして消えていった。
「これでこの世界は元に戻るのか?」
「残念ながら、その可能性は極めて低いでしょう。ですが生命は時に奇跡とも言える事を為します。それを信じるしかないでしょう」
最後の光の粒子が空に消えるのを見届けてから龍見は輝きを失い灰色の丸い球になった『支配の力』を再び自分の中に戻す。
「それ置いてくんじゃないのか?」
「それも考えたんだけどね。でもこれはきっと私がもってなくちゃならないのよ。どうするかを決めるその時まで」
永遠に持ち続けるのか、それとも誰かに託すのか、それとも誰の目にもつかない場所に封印するのか。それを見つけるのが龍見の、力を受け継いだ者の使命なのだから。
「なるほど、それが龍見さんのクエストなのですね。私も今回の事件に関わった者として最後までお付き合いしますよ」
「ハッ、しょうがねえからオレも付き合ってやるさ」
「お前はただ単に騒動に首を突っ込みたいだけだろ。でも、一人で抱え込む必要はないよ。ギルドには頼れる人が沢山いるし、もちろん俺たちもいつでも手を貸すからさ」
「ありがとう、みんな!」
龍見の黒い髪が風になびく。戻る事を催促するように再びアラームが鳴り、ショウ、ヴァイシュが崖から飛び立つ。ルカもそれに続き龍見も後を追おうとした時。
(我も帰るとしよう。さらばだ)
「え?」
振り返ると龍見の体から零れた小さな光が社の前で金色の鱗を持つ仔竜の姿になった。そして仔竜の傍に大きな竜が現れ寄り添う。
「バイバイ、ちゃんとお父さんに謝りなさいよ。今度は迷子にならないようにね」
その言葉が届いたのかは分からない。だが優しい眼差しで互いを見つめ合った竜の親子は並んで飛び立ち生命の輪に帰っていく。
「おい、何してんだ、置いてくぞ!」
「あっ、ごめん、すぐ行くわ!」
頬に当たる風は冷たいが、しかし先ほどまでの刺々しさはなくなっていた。
頬の涙を手で拭い、追い風に乗って龍見は仲間たちが待つ大空へと力強く羽ばたくのであった。
竜魂の巫女 ~輝石物語~ 完
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