終章 それぞれの道へ
1 また会う日まで!
「これで全部かな?」
『方舟』との戦いから10日後。勇者ギルド本部にあてがわれた私室の片づけが終わりイルマは改めて忘れ物がないかチェックする。
「アダムとイブもありがとうね」
「コチラコソ タノシカッタデス。ドウカ オゲンキデ。マタ オアイシマショウ」
「マタ オアイデキルヒヲ タノシミニシテオリマス」
ギルド内での生活を献身的にサポートしてくれた人工知能の二人に挨拶しイルマは部屋を出る。
あれから色々な事があった。
地球観光、勇者たちの活動の手伝い、そして喰らうモノの侵略で甚大な被害を受けている異世界エデンの視察。特に最後のエデンの視察は一緒にいた帝国兵の2人も絶句するほどだった。
「世界が滅びるとはこういう事か」
呆然と呟いたゼスカルの言葉が今もイルマの耳にこびりついている。
大地は荒れ果て、地上には巨大な喰らうモノが我が物顔で闊歩し、時折、上空を空中戦艦並みの大きさをもつ飛行する怪物が飛び回る。そして、地平線の先にいる超弩級サイズの喰らうモノたちの『王』……。
だがゼスカルは1つ間違えていた。エデンはまだ滅んではいない。勇者たちの活躍で少しずつではあるが土地を奪回し反撃を続けているのだ。
そういった見聞きした諸々の経験をレポートに記し、いつか帰れる日に備えていた。勇者ギルドでも帰る方法を全力で捜してくれると約束してくれ、イルマも気長に取り組むつもりだった。
だが昨日の夜の事である。
「ユグドラシル本部がある世界の座標?知っとるぞ」
『なら最初から教えろよ、ジジイ!』
その場に居たイルマやルカを含め何人かの勇者が同時に先生にツッコミを入れた。
勇者ギルド本部にも異世界への転移を可能とする設備があるが次元座標が分からなければ転移は行えない。だからいつ帰れるか分からないと覚悟していたのにコレである。
「いや、誰か知っとると思ったのじゃ!ホントじゃ。止めろ、体が折れる~!」
イルマの代わりに以前に特殊な力に守られ絶対に傷つけられないという先生の前の体を圧し折った女性がにこやかな顔でお仕置きしてくれた事で溜飲を下げたところで帰国する流れとなった。
夕食の席は急きょお別れパーティーとなりギルドの料理上手たちが作ってくれた絶品料理にイルマは舌鼓を打ちつつ世話になった人たちと挨拶を交わす。勇者たちのほとんどは学生なので明日の見送りには来れないから今のうちに別れを済ます必要があったのだ。週末まで待つというのも考えたが、母や送り出してくれたログや遺跡の老人を一刻も早く安心させたいという思いが強く、すぐに帰ることにした。
「寂しくなるね。けどもう会えないって訳じゃないでしょ?」
「当たり前だよ。きっとまた来る。ううん、なんだったら来てもいいよ?龍見の事、お母さんに紹介したいし」
互いの大事な記憶を見た影響だろうか。龍見とは、とても仲良くなった。それこそ周りから姉妹みたいと言われるくらいにだ。
帰り方が分からないイルマ、勇者ギルドに所属したばかりの龍見。境遇は違えど不安を抱えているという点は同じだったのも大きいかもしれない。9日間の短い付き合いだったが「妹がいたらこんな感じだったのかな」と思わせるほどに2人は親密になった。
だが、その居心地の良さにいつまでも甘えている訳にもいかない。龍見には龍見の、イルマにはイルマの進むべき道があるのだから。
「おはようございます。いよいよ出発ですね」
「よっ、見送りに来てやったぞ」
廊下に出ると、ルカとヴァイシュの2人が待っていた。ルカは当然人間形態、ヴァイシュはそれぞれの面にカメラを搭載している四角形の浮遊端末を通して話しかけている。
「おはよう、2人とも。わざわざ来てくれてありがとう」
「まっ、腐れ縁って奴だ。最後まで付き合ってやるさ」
「別に今生の別れという訳ではないでしょう。ただ気軽に会える訳でもないでしょうが」
ユグドラシル条約によって無暗に他文明への接触は禁じられている。イルマの報告を聞き上層部がどう判断するかは分からないが気軽に行き来できる関係にはならないだろうと事情を知っている者は思っている。下手をすれば色々知ってしまったイルマ自身もどこかに監禁される可能性もある。
「そんな暗い顔すんなよ。もしお前になんかあったらオレが殴り込みをかけてやるからよ」
「あはは、ありがとう、ルカ」
ルカの無っ鉄砲な言葉にイルマの心は軽くなった。自分には仲間がいる。そう信じられるだけで心が強くなった気がする。それだけでも
「そういやお前なんかの任務で来たんだよな。その任務ってどうなったんだ?」
「あ~、どうなんだろ?」
「確か目的も知らされず
それはイルマも考えた。考えたが早い段階できっぱり考えるのを止めた。答えは帰った時に聞けばよい。それよりも今は未だ知られざる脅威についての情報を持って帰る事に注力した。薄い次元の壁の向こうには簡単に世界を滅ぼせる怪物が跳梁跋扈しているのだ。その脅威をなんとしてもユグドラシルやくだらない争いをしている人たちに知らせねばならないという使命感にイルマは燃えていた。
「じゃあ『支配の力』の事は誤魔化すのか?」
「私1人ならそうしたんだけどね。けど、ほら帝国の人たちもいるじゃない?」
「ああ、そっちからばれれば結局変わんねえか」
この事については既に龍見と話し合っていた。
龍見、曰く――。
「別に報告しても構わないよ。ただ私は『支配の力』を誰にも渡す気はないってことだけ伝えておいてね」
それが龍見の答えだった。それを受けてイルマは龍見がラーの記憶から得た情報をレポートに書き記し、最後に一言付け加えておいた。
「彼女なら危険な力を安全に管理してくれるはずです。ですがもしユグドラシルが『支配の力』に固執するなら高過ぎる代償を支払うことになるでしょう。私ならそのような愚かな真似は絶対にしませんしユグドラシルもそうであると信じています」
この文がどれほど効果を発揮するかは分からないが上層部の英明な判断に期待したい所だ。
「そういや帝国の奴らはまだ帰らないんだな」
「彼らはエデンで何かしているようでしたよ」
「なに企んでるんだかな」
帝国への座標も先生が知っていたので彼らもいつでも帰れるはずなのだが、ここ最近はずっとエデンに行ったきりでこちらには帰ってきていない。
胡散臭くはあるが社交的なマルフォートとは少し話が出来たが、最後までゼスカルとは溝が埋まることは無かった。ただそんなゼスカルだが『方舟』との戦いが終わった後に龍見に「すまなかった」と頭を下げたことが印象的だった。「大尉にも同じ位のお子さんがいらっしゃいますからね~」とはマルフォートの弁である。
当然帝国にも喰らうモノに関する報告は届くだろう。それを受け帝国がどういう動きをするのかは分からない。
(これを機にユグドラシルといがみ合っているのを改善出来たらな)
だが、それはもう完全にイルマが関与できる話ではない。
地球とエデンという今までなんの接点もなかった異世界との出会いがいい方向に向かう事をイルマは願わずにはいられない。
「ああ、良かった~。間に合った!」
「龍見!?」
もうすぐ転送ルームに着くという所で後ろから聞き慣れた声がしてイルマは振り返った。
「学校はどうしたの?」
「えへへ、やっぱりお見送りしたくて」
「先生になるんでしょ。サボったりしちゃダメだよ」
そうは言いつつイルマは嬉しそうに龍見の手を取った。
「ワシらもいるんじゃがなぁ」
「こういう尊い場面では男は大人しくしてなきゃいけないんですよ、先生」
「あはは、ショウくんもセンセーも見送りありがと!」
地球に滞在中はこのメンバーと行動を共にしている事が多かったのでうれしさもひとしおである。だが出発の時間を知らせるブザーがなり、イルマは後ろ髪を引かれる思いを断ち切り目に涙を浮べながら笑顔で感謝と別れを告げる。
「みんな、ありがとう。それじゃ行くね」
「またね!」「ご活躍を期待しております」「面倒事に巻き込まれそうなら呼べよ」「色々大変だろうけど頑張って!」「ヒヒロによろしくの」
イルマが筒状の転送装置に入るとカウントダウンが開始され、ゼロと同時に装置全体に稲妻のような物が走り、そしてイルマは自分の世界へと帰っていった。
その後、イルマと勇者ギルドの面々は意外に早く再会を果たすことになるのだが、それはまた別の話である。
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