5 力を継ぐ者

 ショウより先んじて現実に帰還したイルマだったが、頭痛や疲労感で動けず龍見の傍で戦いの成り行きを見守っているしかなかった。


 戦乙女ヴァルキリーとマシロは他の誰もが追い付けない速度で互角の空中戦を繰り広げ、近くにいた『ドラゴン』を巻き込みながら徐々に龍見から離れていった。

その間隙を縫うように『方舟』から出現した恐竜に似た翼のない『ドラゴン』が続々と龍見を目指し、それを阻む勇者たちとの間で激闘が繰り広げられている。数で押し通す戦いが通用しないと判断した『ドラゴン』たちは互いを喰らい個の戦闘力を増やし勇者たちに対抗する。

 体長10メートルを超える個体が当たり前、中には30メートル級の個体も出始め勇者たちも不利になっていく……かと思われた。


 「倒れろっ!」

 「おっしゃ、潰せ、潰せ!」


 首に鎖を巻かれた『ドラゴン』が引き倒されハンマーを抱えた勇者を含め数人が巨体を叩き潰し核を破壊する。


 「どんなに体が大きくたってぇ!」

 「トドメは頂き!」


 自走式巨大ガトリング砲を従えた勇者の号令で放たれた銃弾の嵐が次々と『ドラゴン』をハチの巣にしていく。畳みかけるように別の勇者が綺麗に装飾されたライフル銃で体に開いた穴から見える紅い核を正確に撃ちぬいていく。


「黄泉の門よ、開きて喰らえ」


 向かってくる『ドラゴン』たちの足元にどす黒い沼が広がり足を取られた『ドラゴン』が何とか這い出ようともがく。だが沼地から次々と延びてくる異様な程に白い手が体を押さえつけ沼に引きずり込んでいく。



 「なんというか、本当にデタラメね。なんとかセンセーの所に戻りたいけど、この状況じゃ戻るのも……ん?」


 立ち上がったイルマの目の前で竜の姿を龍見の体が輝き始める。そして巨大な竜は姿を消し、ゆっくりと龍見が地上に降りてきた。その姿はラーとの決着の際に見せた鎧を着た姿だった。

 

 『あっ……』


 目が合った2人は互いに戸惑ってしまった。現実でも精神世界の中でも直接言葉を交した事はないのに互いの事を知っている事の不思議な感覚に何と声を掛けていいのか分からなかったのだ。だが、その戸惑いはすぐに消え微笑み合う。今更自己紹介など必要ない。ただ無事を喜びあう、それだけで良かった。


 「無事に帰ってこれたみたいだね」

 「うん、古間くんやイルマさんたちのおかげで。でも、まだ終わってない。アレをどうにかしないと」


 龍見の視線の先には『支配の力』の一部を奪い、そして残りを手に入れようとする『方舟』がいた。


 「どうにかって、どうにか出来るの?」

 「アレを支えているのは『支配の力』。それを失えばもう何も出来ないはず。それを奪ってしまえば――」

 「この騒動にケリをつけられるって訳か」


 力場の中にいつの間にか降りてきた、あちこち煤塗れのショウに龍見は頷いた。


 「その力は誰でも奪えるのですか?」

 「『支配の力』は特殊な儀式を経て魂に結び付けた者でなければ扱えないの。つまりここでは、あの大きな竜と私のどちらかしか『支配の力』を一つにまとめる事が出来ないの」


 胸の装甲にヒビが入った痛々しい姿のヴァイシュもやってきて話に加わる。ルカは未だに空でやってくる『ドラゴン』相手に雷雲を召喚し応戦していた。


 「なるほど、おおよそルカと先生の推測通りだった訳ですね」


 龍見の不思議そうな顔を見てヴァイシュがルカと先生が推測した今回の事件のあらましを語った。


 ラーのいた世界が侵略され『支配の力』が奪われた。しかし満を持して地球に『支配の力』を持った個体がやってきたが敗北、その力が失われてしまった。


 「ああ、あの時の異様に大きいドラゴンがそうだったんだな。ソレに喰われてた幸原さんの中に女王が『支配の力』ともども逃げ込んだって訳か」

 「ちょっと待って、私食べられてたの!?」

 「ああ、丁度地球に出てきたソイツにぶつかって取り込まれたんだろうな。ついでに言うと倒した後に救助したのも俺なんだけどね」

 「じゃあ倒れた私の事を通報したのって古間くんだったの!?」

 「本当は家まで連れて帰ってあげたかったけど、君の家族にどう言い訳すれば分からなかったから……。ごめん!」

 「いや、まぁ別に怒ってはいないけど」


 空白の記憶の謎が解けたが、それを喜んでいる場合でもない。


 「それで失った力を取り戻そうと躍起になっていたと?」

 「喰らうモノの力への執着は相当なものですから。それこそ1つの世界を犠牲にすることすらやりかねませんよ」


 イルマの問いに答えたヴァイシュの言葉は意図せず龍見が抱いていた疑問にも答えを与えることになった。


 「そうか、そうだったんだ……!」


 ショウ、イルマ、ヴァイシュの視線を受け龍見は頭の中に浮かんだ思い付きを言葉としてまとめて説明をする。


 「『支配の力』は使い道にもよるけど莫大な魔力を消費するの。でも力自体にはそれほど多くの魔力を保有出来なくて精々10回使える位なの。そしてラーが食べられた時にはもうほとんど残っている魔力はなかったはずなの。じゃあアレはどこから魔力を引っ張ってきているのか疑問だったの。でもヴァイシュさんの話を聞いて思いついたの。アレはラーがいた世界を生贄にして力を使っているんじゃないかって」

 「1つの世界を使い潰して別の世界を侵略する?そこまでするんですか、あの怪物は?」


 あまりに理解が及ばない喰らうモノの行動に恐怖から唇が震えるイルマにショウは頷いて肯定する。


 「やるでしょうね。アイツらの目的は支配じゃない。目の前に喰らえる存在がいるならどんなことでもやる奴らですよ」

 「具体的に『支配の力』とやらがどのように使われているかは分かりますか?」

 

 ヴァイシュの質問に龍見は指を顎に当てて目を閉じる。そして自分の持つ支配の力と喰らうモノが持つ支配の力をリンクさせ――。


 「魔力の補給、自身への魔力の供与と致命的なダメージを受けた時の即時再生、それに自分の眷属作成の速度上昇。どれもこれも馬鹿みたいな魔力消費量よ。こんな使い方してたらあの世界はもう……」

 「地球で長く活動できたのは常に魔力を補充していたからか。それに致命的なダメージは『核』へのダメージを無効化するって事か。弱点を無くすとか反則だろ」


 龍見の言葉にショウは呻くしかなかった。どんな喰らうモノだろうと体の中にもつ『核』を破壊すれば倒せる。しかし龍見の話では『核』にダメージを与えても回復されてしまうという。


 「グダグダ考えても仕方ないだろ!さっさと乗り込んでやろうぜ」


 皆が集まっている事に気づいたルカが頭を地面スレスレまで下げて会話に加わる。その頭の大きさが人間よりも大きいので威圧感が凄まじいが、今更それに恐れを抱くような物はここには居ない。

 むしろ龍見を見たルカの方がなぜか畏怖のような感情が芽生え困惑していた。


 (なんだ、コイツ。さっきとはまるで別人みたいだ)


 輝石の力を得たことは分かっているが、それとは違う何かがルカの本能に訴えてくる。ともすれば、今すぐ地面に体をつけ服従を示したいと思わせる衝動に負けそうになる。


 (他の奴らは平気なのか?)


 訳の分からない衝動に悩むルカは龍見が自分の方を見ている事に気づき意識をそちらに向けた。

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